苦肉/沖伽耶奈
後の事情は、車内で剛から聞き、把握した。まずは高円寺の明崇の自宅へ。押入れの奥にしまってある神薙を持ってすぐ外に出る。
「今渋谷ヒカリエの詳しい構造立体図、携帯電話にメールで送ります。これ見ればどこから侵入できるとか大体分かるはずなんで……ただこれだけだと入れても、その神薙を、渡すことがまだできないんですよ。さっきからずっとかけてるんですけど、明崇と真夜に、連絡つかなくて……」
それを聞くと冷水を心臓に直接浴びせかけられたかのような、どうしようもない不安に襲われる。
――大丈夫。二人とも、絶対大丈夫……。
言い聞かせながら剛の指定した、渋谷ヒカリエへのルートを行く。
「あ、駄目ですね……そこ封鎖されてます。左も、信号ですね。右のに行った方が結果的には早くつきそうです」
剛は驚くべきことに、伽耶奈の車のカーナビよりも優秀だった。何と彼は信号のタイミングまで頭に入れているようで、結果的に予定よりも十五分ほど早く、亜子、剛と待ち合わせることに成功した。
しかし待ち合わせ場所の渋谷駅の裏手には、剛、亜子だけでなく、二人のスーツ姿の男女が立っていた。
「警視庁の者です」
長身の男が、警察手帳を見せてきた。暗い中、藤堂と言う名字だけ読み取ることができた。
「あ、わ、私、カドタと言います」
もう片方のやけに若い女性は、あたふたしながら手帳を提示してきた。
「……何か」
伽耶奈は、警察関係者が嫌いだ。大、大、大嫌いだ。良い思い出は無い。
「私たちが、建物内に入るのに同行します」
信用できるものか。狗どもめ。
「結構」
亜子と剛の手を掴んだ。
「ちょっと、待ってください」
男の方が声をかけてきた。
「警察は、信用してないんでね」
そして距離を取ろうとすると、今度は女の方が、後ろから声をかけてきた。
「お願いしますッ。彼に、明崇君に」
――恩を返したいんです。
恩?何を言って……そう思いつつ、伽耶奈は立ち止まってしまった。
「ひ、こ、こちらの藤堂巡査部長は、彼に命を救われました。瀕死の怪我から、注射一本で、彼らは私達を救ってくれたんです」
――もう一度お願いします。
「恩返し、させてください」
次声を発したのは、またその藤堂とかいう、巡査部長だ。
「私たち二人は、警察官として、今ここにいるわけではありません。私達も、警察組織に属することで、大事なものを失いかけた。でも私はそれでも、この事件に潜む悪を、許したくない。彼……明崇君一人に、戦わせるわけにいかないんです」
振り返り、睨む。
信用はしない、だが。
「余計なマネはしないと……、約束してもらおう」
分かった。明崇と真夜を、助けるためだ。そのためなら、何でも利用してやる。