三戦目/三位明崇
「下がってッ」
距離を詰めてくる、二匹の獣。この状況で二人を相手にするのはマズい。定石は……。
――まず片方を、無力化する。
「アキ君危なっ」
先ず襲ってくる後藤の刃。前に出てその刃を、脇に挟むようにして受ける。そして……
「ぅんむッ」
そのまま腕と首に絡みつく。重みで傾いでいく体を下に、先ずは肩の関節を腕を捻って破壊する。そのまま、後藤を下にあおむけにし、それに馬乗りになった体勢。
そのまま勢いよく、残りの四肢の関節を。
「ぐ……ごッ」
手で捻り潰し、足で踏み抜いた。
よし。
――再生に5分、といったところか。
これでとりあえず、その間後藤は動けまい。
「おとなしくしてろ」
しかし。
もうその時には、鳥越が恐るべきスピードで迫っていた。
刃を捉えながら、胴体を抑えにかかる、が。
先ほどとはまるで違う。勢いが強すぎる。
「こ、のッ」
いくら足に力を込めても。
スピードを、殺せない――
既に真夜達は背後から離れているが、まだざわめきの様な大勢の人の気配がある。
体勢が傾き、背後の様子が見えた。
建物内の狭いホールに制服の巡査とスーツの警官が半々。携行許可が下りたのか、拳銃を構えているのは制服の警官だけではなかった。そしてその奥に、まだ大勢の人がごった返している。真夜達とともに先ほどの女刑事が、おののくようにこちらを見ている。
その時鳥越に目を向けると、無防備な鳥越の太いとは言えない首が、金剛骨の羽毛、その隙間から覗いた。
――イケる。
腕を抑えたまま、両手でその首を抑え、捻りにかかる。
「がァッ」
鳥越が、苦しそうに吠える。
しかし腕の先に力を入れると、当然のことのように刃のガードが緩くなった。
明崇の背にズブリと、鎌鬼のブレードが突き立てられる。
「ッ……」
咄嗟に腕を反対の後方へ伸ばす。明崇の腕に軌道が邪魔され、刃が遠のく。鳥越の胴体を足蹴にして、明崇はひとまず離脱した。
「ぁッ、はぁ……」
傷のせいか、息が上がっている。視線からその姿が消えた、そう思ったがどうやら奴は飛び上がり、一つ上の階の手すりに張り付きエスカレーターの上、こちらをうかがう様に睨みつけてくる。
今まで以上に異様な化け物の姿が、そこにあった。
その頭部は今まで以上に多い羽毛状の金剛骨に覆われている。もはや頭部だけではなく、全身に鈍色の結晶のように生じた金剛骨も飛び出している。今まで右腕にしか現れなかったブレードも、短いが左腕でも同様に発達し始めていた。
今まで戦ってきた鎌鬼とは明らかに、何かが違っている。
この状況で神薙があるのと無いのとでは大きな違いだ。
ここは、頼るしかない。鳥越を警戒しつつ、背後に声をかける。
「真夜、亜子、みっしょんだッ」
「ん!みっしょん?何っ」
この状況でも亜子の元気良さに、どこか励まされる。
「頼む、伽耶奈にッ」
「伽耶奈さんに、何ッ」
次に返事してくれたのは、真夜だろうか。
「神薙を届けるように、言って」
そこで視界の端で、間接をすべて破壊したはずの後藤、今までピクリともしなかったそれがもそりと動いた。
一瞬、そちらに気が向いてしまう。
「明崇、前ッ」
しまッ――
今度は、抑えきれなかった。
尋常でないスピードで跳びかかってきた鳥越と接触。明崇はあっけなく後方へと、弾き飛ばされた。
「がぁッ」
轟音と衝撃。施設の外壁へと激突し、明崇は無様にずり落ちた。土煙が、これでもかと言うほどに舞う。そしてそれと同時に、周囲からはキャアッとか、イヤァッとか、割れるような悲鳴が上がる。
阿鼻叫喚の地獄絵図。でも、意識を飛ばしてる暇はない。
うっすらと目を開ければ煙る視界の中で、むくりと起き上がる鳥越の姿が見えた。
ここは、できるだけ時間を稼ぐ。人が外に出れば、集中して戦えるはずだ。
そしてここにきて、うるさい発砲音が響いていることに気付いた。警官が携行した拳銃、その銃口を鳥越に向けているのか。しかし、鬼にただの拳銃では効果が薄い。それでは大したダメージに、なりはしない。
やっぱり、俺が。
今は神薙こそ手元には無いが。抑え込むくらいの事はできるはず。
もう鱗の発現は大分進行している。頬はまた、目も当てられないくらい醜く歪んでいることだろう。
だからこそ今の俺は、やつとまともに張りあえる唯一の存在なのだ。化け物には化け物を。
それに――こんなヤツのために、命を損なう警官は、居て欲しくない。
明崇は今一度決意し、鱗で硬くなった拳を握り直した。