覚と画/鳥越充
僕はアキラに出会って、“特別”に憧れる、普通の人間の気持ちを初めて理解した。
気が付けば僕は人生で初めて、彼女に恋をしていたのだと思う。その感情を、自覚したその日。
僕は彼女と寝た。
その夜。僕は激しい『痛み』に襲われた。もはやどこから痛みが生じているのかすら分からない、それほどの激痛。彼女と肌を重ねながら、僕は気が付くと気を失っていて。
朝。目を明けるとなぜだか、自分が生まれ変わったような気がしたのだ――。
そしてそれは気のせいではなく。その日から僕の体には、徐々に異変が起こり始めた。
体に刃モノが通らなくなった。
余程の事で怪我をしなくなった。
そしてより凶暴な“本能”と、人ならざる巨大な爪を手にした。
臨時で受け持った調理実習。間違って指に包丁を落としたときは、別の意味で驚いたものだ。
そして最も大きい変化。それは今までとは違い文字通り、女を食らう様になったことだ。
最初は勤務先の私立学校の同僚。川田英美。入学式の日の飲み会で、僕は廃ホテルへと酔った彼女を連れ込み、そのまま殺し、頭部にかじりつくようにして脳髄を啜った。
考えることも無く、本能。
不思議と何の疑問も持たず正にその“女”を貪った。
その時割れたホテルの鏡、それに映った自分がふと、目に入った。
ギラギラと光る金属の毛皮。
腕から伸びた鋭利な刃。
僕はついに、本当の意味での捕食者として覚醒した。
ヒトではなくなった、それを確信した。
でもそれを、自然と嫌と思う自分はおらず。
そして今の僕に至る。
僕のバックに暴力団が付いてから、もっと自由に、捕食を楽しめるようになったのは確かだ。そういう意味でも完成されていた。満たされた日々。
しかし。
事後処理はとても、面倒であるらしかった。
「見られてたんだよ、お前」
僕が鎌鬼として『覚醒』して一か月くらいたった頃だ。『彼』曰く、捕食の現場を、見られていたらしい。
「お、なんだよ。お前の生徒の家じゃん」
そう、なんとその目撃者と言うのは、丁度臨時教員をしていた1-B組の後藤司、その母親、君江だった。
「行こう」
後藤の家を直接訪ねたのは、アキラと、彼だった。
アキラと彼が至極平凡であったはずの後藤家に何をしたのか、それについてはよく分からないが。
彼らもこちら側と同じ人間になった、と言うことはすぐ理解した。
特に後藤にはそれは顕著で、後日学校で衝動的に同級の女子生徒に暴行を働いたのを教師の立場で丸く収めてやった。彼とはそれ以来の付き合いだ。彼には素質がある、そう感じたのはアキラも同じだったらしい。彼もアキラの手で鬼として覚醒し、引き入れられた。
この前は、あの尻尾野郎にしてやられた。殺されかけた。
アイツがB組の生徒、三位明崇であることはついこの前アキラと『彼』に指摘されるまで気付かなかった。同クラスの桑折真夜が執心していること、それ以外には学校に出てこないという特徴のない、地味なガキだったから。割と強いイメージと結びつかなかったのだ。
――桑折真夜。
そそる体、顔こそしているが、利口な女は頂けない。こいつは勘が鋭そうだから、俺は嫌いだ。この二人が組んでいると言うのは僕が生きていく上で、大きな障害であることは間違いない。
でも今はこの二人にすら負ける気がしない。あれ以来短期間の間にアキラに何人もの女を与えられ、その分大きく力を付けた。
今回は後藤もいる。この状況を作ったのはほかでもない僕だ。後藤をこいつらと共に行動させ、二人で排除すると言う計画。狩りは勝ち負けではない。食うか食われるか。これで二対二のイーヴン。
――今度こそお前を、いやお前らを。
「喰い殺す」
僕はうずくまる四匹の獲物に、素早く飛びかかった。