自分語り/鳥越充
僕の人生は、どこか皆とは違うところで、その世界を覗き見ているようなものだった。
皆がいる水槽の中を、ガラス張りの外から眺めているような、そんな、感覚だ。
幼い頃から、自分は他とは違うんだな、と。そう常に感じていて。
友達、と言う感覚は理解できなかったし、異性に恋愛感情を持つことも無かった。
ただ欲望は人一倍あったと思う。欲望を満たすために、僕は手段を選ばなかった。
性欲、食欲、征服欲。
欲しい物のためなら努力するし、抱きたい女は殺してでも抱く。自分に逆らうやつは躊躇いなく排除する。そりゃ殺すまではいかなかったけど幼い頃、既に小学生の頃から、僕はそうやって生きていた。他人に物以上の感情を持たない。そういう習性の“生き物”なのだと思う。
丁度小学五年生……上級生になったそのくらいだったと思う、同級生の女の子に言われたことがある。
――充君って、心がないのね。
放課後の教室。どこかバカにされた気がしたので、僕はその場で彼女を、頭から血をだらだらと流すまで、何度も、何度も。殴りつけた。
結果として、僕はその小学校を去ることになった。
そして僕はそこでやっと、大事な事、というより“至極当然な事”に気付かされた。僕がこの世界で楽しく生きていくために、最も大事な事。
――擬態だ。
僕は普通の人間と違う。その他大勢が草食動物だとしたら、僕は肉食獣だ。でも天敵だとみてすぐ分かる存在に、獲物たる草食動物は近寄らない。
擬態して、生きるのだ。
普通の人間を、演じる。そうやって草食動物の社会で信用を得、優位に立つ。その立ち位置は僕の様な捕食者にとって、捕食に有利に働くはずだ――。
その行動理念に従い、僕は優しい男を演じた。女に優しく、友達を大事にする“ふり”をした。
そして時折、僕は彼らにその爪を立て、欲望を満たす。
好都合なことに、僕が遊び半分で人を殺そうが、ニュースになることは殆ど無かった。父は僕の事が世間に露見すると困ると思ったのか、僕という肉食獣を、匿い続けたのだ。父には案外社会的な力があるのだなと、僕はその時人生で初めて、親という存在に感謝した。
満ち足りた、人生だった。
それから。なんと僕は犯罪を犯しながらも、高校の教師になった。
理由は、至極単純。若い女が好みだからだ。発展途上の肉体、最も女として潤っている彼女等を獲物とすることを、僕は好んだ。
しかしその実、ただ犯す事、ただ殺す事。それに飽きが来ていた。そこに劇的な変化をもたらしてくれたのが――
アキラだ。
「和義ぃ。私この子、預かってもいーい?」
六集会組長、佐伯和義ともめたことでアキラと出会った。始めの頃は、特別なことは、案外なにもなかったと思う。
たまに連絡が来たら一緒に出掛ける。ただの食事の時もあったし、映画を見に行ったこともあった。僕にしては不自然なくらいに、まともなデートであったと思う。
不思議だったのは、彼女といることで、自分の常識とか、概念とか、会う度にそういうものが塗り替えられていったことだ。
彼女は奔放で、かつ、上品で。
“特別”に憧れる、普通の人間の気持ちを初めて理解した。