牙二つ/三位明崇
明崇は自覚しないまま、悲鳴のする方へ走り出していた。
突然警察官に話しかけられた、その直後、あの雰囲気を、感じ取ったのだ。
――なんで、鎌鬼が。
近い。とても近い。奴が鬼人化したのだ。店を出て、人がごった返すフロア。人の流れに逆行する。そこに――
まず、目に入ったのは、血飛沫だった。
女生徒が、倒れていく。その喉元から吹き上がる血煙。
周囲には逃げ遅れたのか、高校の女生徒数人、そして彼らと行動を共にしていた後藤。そしてそれを、制服を着た巡査が何人か、遠巻きに取り囲んでいる。
その、中心に立つ、男。
男の頭部を、金剛骨の被膜が覆っていく。右腕が、鋭くブレード状に伸びる。
――嘘だろ。アイツが……。
「鳥越……ッ」
こちらを振り向く、ぬらりと光る赤に塗れた、その表情が、ニヤリと歪む。
女生徒のほとんどが、その鳥越から距離を取った。しかしなぜか後藤だけ、ぼーっとして、ヤツから離れようとしない。
――何してんだ馬鹿ッ。
素早く駆け寄る。鎌鬼の刃をかわし、後藤との間に割って入る。彼の手を引き距離を取る。
そこで、後藤に声をかけようとした。
――大丈夫か。
しかし、その言葉が、でない。
明崇の胸に、気づけば短刀のようなものが、刺さっている。
「お、前ッ……」
それは、後藤の腕から伸びていた。
後藤の目を見た。彼の顔も同様に、鈍色の金属に光る殻に覆われていく。
その表情が、鳥越のそれと似たような、歪んだ笑みに染まっていた。
「な、んでッ」
思考が、働かな――
「明崇ッ。しっかりしてッ」
真夜の悲鳴が、明崇の意識を取り戻させてくれた。
この――。
「クッソがッ」
腕を掴み、瞬時に蹴りあげた。同時に、腕が引き抜かれたのを感じる。
無様に地を滑る。既に人としての姿を失くした、後藤。
マズい。神薙を今日は、持ってきていない。
前と後ろ。気配が動いた。
どちらも、明崇を狙ってくる。
「ッ」
後ろに下がり、鳥越を回避する。後藤の一撃は、見ずとも捌ける。
「んのッ」
なんとか、挟み撃ちという最悪の状況は回避した。
畜生。後藤まで。何がどうなってる……。
一先ず発現薬を、傷口付近に素早く刺した。
「明、崇……」
真夜の声が耳元に響いた。
明崇の背を、支えてくれている。亜子や剛の気配もある。
「あ……アキ君、傷……」
大丈夫だ、治る。そんなことより。
「三人とも、外に……。相手が二人だと」
――守り切れる自信、無い。
明崇の心を恐怖が覆う。このままじゃ何もかも失いそうで。
しかし二匹の化け物は既に、四人に襲い掛からんとしていた。