交わり/門田璃砂
璃砂は浩人と共に渋谷署の人員と合流した後、手分けをして捜索をすることになった。二人が捜索するのは、最も可能性が高い駅周辺。
まずは容疑者が勤める高校、その生徒などに声をかけ、正確な居場所を突き止める。
「手分けするぞ」
「はい」
璃砂は高校のブレザーを目印に容疑者を探した。彼らは団体で渋谷に来ているようだ。まばらに、その姿を見かけるものの、すぐに人ごみに紛れてしまい話しかけられない。しかしある制服姿の一団が、駅ナカの食品店前でたむろしているのが見えた。近寄り、そのうちの一人の男子生徒を見た、璃砂は思わず硬直してしまった。
「あの子……」
年程度に幼げな顔、しかし翳りのある、クールな目元……。
あの時、注射器を手渡してくれた少年だ。顔の鱗が引いているが、間違いない。
「君ッ」
我慢できず、声をかけた。もう捜査の事、容疑者の事は頭の中から吹き飛んでいた。
問いただしたい。浩人は……。
彼が沖和正と争ったとき、彼の拳がブロック塀を砕いた事を、鮮明に思い出す。
彼に何が起こっているの……。
浩人さんを、人間に戻して。
「君、あの時の……」
声をかけられた、少年の顔には戸惑いの表情がうかがえる。
「あの、ど、どなたですか」
彼がどもりながら問い返してきた。そうか、あの暗がりだから、こちらの事を知らなくても仕方無いか。
――思い出させてやるわよ。
意識しないまま、彼の腕をつかんでしまった。
「注射器。浩人さんを助けてくれたでしょ。彼は……その、大丈夫なの」
――化け物になんか、なったりしないのよね。
その一言で思い出したのか、彼の目が見開かれる。しかしそこで。
「あの、アキタカに何か」
制服姿の黒髪の女の子が、璃砂の前に立ち塞がった。とても美人な、女優でもやっていそうな雰囲気の子だ。
こちらを睨むその眼からは利発そうな、強気な印象を受ける。
彼女さん……かな。
「良いんだ、マヨ。こっちの話」
「でも……」
そのアキタカと呼ばれた男の子が前に出た。
「あれは、三又槍……あ、いや。肉体を修復するもの以外に変なものは入れてません。後生理ホルモンが少し……」
「ま、待って。でも彼は……」
「副作用があるとしたら、一定期間、身体的に丈夫になる程度です。力が強くなったり、よほどの事じゃ体が傷つかなくなったりする……それもすぐに普通に戻ります。変になったりは、しないので……安心してください」
彼は思っていた以上に、その後もしっかりと説明してくれた。人見知りな子、と言う感じを最初は持ったが、案外目上の人間と話すのは慣れている印象を受けた。
――じゃああれも、すぐに治る……
それだけの説明で信用するのもどうかと思ったが、彼自身の話口調から、どうやらウソはついていない、つけないタイプと璃砂は判断した。
璃砂は安堵し、その途端、冷静に立ち返った。
「ていうか、お姉さん誰なんですか」
美人な彼女、マヨちゃんが不審げにこちらを見てくる。
「あ、わ、私……」
まごつきながらも璃砂は、自分の警察手帳を取り出した。
「門田、璃砂……警部補」
彼女がそれを読み上げた。そこで璃砂はやっと、自分のすべきことを思いだした。
「あの、ふ、二人とも、こ、この人……見てない?」
モンタージュを、取り出す。それを見た彼女が言った。
「何これ……。鳥越?」
そこでまた彼らの後ろから、友達だろうか。やけに背の高い男子と、可愛い小柄な女の子が顔をのぞかせた。
「どうしたんだ」
「あ、この絵上手ー。鳥越先生だね」
これで二人が、この絵を鳥越充と認識したようだ。
「そう、鳥越。鳥越充先生……彼がどこにいるか、知らない?」
「この先生がどうか、したんですか」
アキタカと呼ばれた少年が、一歩前に出てきた。事情を説明しようとして、戸惑ったそこで、彼の目が鋭く、尖った。何かを察知したような……
その時――
広いフロアに、耳を刺すような悲鳴が響いた。