発覚/藤堂浩人
と言うわけで、またここにきてしまった。
昼にもなればあの暗く淀んだ駐車場も普通に見えてくるのだから不思議だ。とはいってもまだ、その場所の半分以上は青いビニールを被っている。
そして今回はそのアパート1階105号室、後藤君江を直接訪ねた。玄関のチャイムを押せば陽気な返事が聞こえる。しかし玄関に立つ二人を見ると、その表情はすぐに陰った。
「まだ……何か」
そうだ。この態度だ。未だ何かを隠している。それが露見するのを恐れている。そんな意図を感じさせる目の逸らし方、避け方。この仕草は、聴取、いわゆる取り調べで事件の核心について触れられたときの、容疑者の反応、それによく似ていた。
「とりあえず、上がってください……」
周りの目を気にしたか、すぐに浩人と璃砂を部屋に招き入れてくれた。
ごく普通の家庭、そんな感じの2LDK。確か、高校生のお子さんが一人、だったはずだ。
「あのそれで、まだ何か」
「いや、また気になったことが出てきまして。大した事ではないのですがお答えいただけませんか」
「ええ、まぁ。少しなら」
浩人は、件の似顔絵を取りだした。
「後藤さん、貴方本当に、この男の顔を見たんですか?」
――夜10時、暗がりの中で?
「貴方の口調は、とてもはっきりしていた。だから証言そのものを疑っているのではありません。しかし貴方はまだ……何か隠してる。違いますか」
あの時。後藤君江は確かにこの顔だと証言した。その発言に対して後ろめたい物は何も感じなかった。しかしこの顔を見た直後、その時、なぜか視線が定まっていなかった。それを浩人は見逃さなかった。
浩人はずっと考えていた。君江は犯人の顔に対しては暗がりであったにも拘らず確信がある。
しかし、モンタージュを見たその瞬間だけ、その顔から眼を逸らそうとする、避けようとする。
――犯人は後藤君江の、知人ではないのか?
「この男の名を、知っていますね?」
その顔が図星か、驚愕の色に染まる。
「言ってください。我々は今すぐにでも、この男を逮捕しなければならない」
そう言うと彼女は顔を伏せ、イヤイヤをするように首を左右に振り始めた。どこか、不気味な仕草。
「ぅ……り」
すると突如、スイッチが切り変わったように、彼女の態度が豹変した。
「む、無理ッ。無理に決まってるっ。やめてお願いだからやめて……警察でも無理ッ」
な、何だ……。
彼女は自分の身を抱き、縮こまっている。その眼には純粋な、防衛本能的恐怖が見えた。
「ど、どうしたんですか、君江さん」
「こ、来ないでッ」
クソッ、どうしてこうなる……。
「おい、聞けッ」
浩人は君江を引っ掴み、
「ひぃ……」
「浩人さん駄目ですッ」
壁に叩きつけた。
「今この瞬間にも、人殺しが野放しになってるんだッ」
一刻を争う。手段は選んでいられない。
そうして睨み付けた表情に、浩人の予想だにしない反応が現れた。
「い、いひっ。いひひ」
不気味な笑みとともに、奇声にも近い、声が上がる。
何と今度は組み伏せた浩人の腕の中、彼女は笑い始めた。
「なっ」
この女、狂ってるのか……。
しかし、この程度の事で怯んでいられない。
さらに強く押し付け、睨みつける。
「言え、男の名を」
――吐けッ。
するとその表情は次に、空っぽになる。その表情には恐怖も、喜びも見いだせない。
「り…ご…え」
何?
「鳥越、充。高校の、数学教員。後藤司、私の息子の、臨時担任教師」
何かに憑かれたような、先ほどまでとはまた打って変わった、平坦な口調。言い切るとまた、にんまりと笑う。
――教師、だと。
眩暈がするように、その発言に視界が歪む。
高校。確か戸塚の被害者も、同じ高校に勤めていた……。
後藤宅を出る時、振り返った。後藤君江はへたり込みながら。
未だあの、憑かれたような笑顔でこちらを見ていた。
「決定だな」
その足で浩人と璃砂は高校に向かった。まずその被害者教員の勤める私立高校の、校長にアポを取り、鳥越充の顔写真とモンタージュを照らし合わせ、モンタージュが鳥越本人か、その場で確認してもらった。
「これ……鳥越君ですね。何ですか。彼、何かしたんですか」
間違いない。
「それで、その鳥越先生は、今どちらに」
「か、彼なら一年生の東京研修に行っていると……思いますよ」
東京研修……。
「行先は」
「か、確認しますッ」
頼む、早くしてくれ……
容疑者、鳥越充の居場所が渋谷周辺と判明したのは、午後五時を回ったころだった。
その時点で渋谷署に応援要請を行い、浩人と璃砂は渋谷に急行することとなった。
「犯人が、教師だなんて……」
中野署から車で移動。五時半には渋谷駅に到着する。
「別に……まだ決まったわけじゃない。だが、どんな犯人でも気にするな。一々事件の度に感情を擦り減らすような捜査では、刑事は続けられないからな」
「……はい」
まぁ璃砂は、刑事になる事は無いのだし。
――こんな仕事、することも無いし、してほしくもないと思う。
「着きました」
素早く、二人はパトカーから降りた。
目の前には都会らしきネオン。
これから起こることを暗示するように、ビルをちらほらと、悪趣味に彩り始めていた。