目と手/藤堂浩人
あの場で浩人が聴取した主婦、後藤君江は、浩人達が刑事だと聞いて明らかに狼狽した。
――何か隠している。
そう直感した浩人はその場でしつこく問い詰めた。この駐車場で、何かあったんでしょう、と。何度もしつこく言い聞かせ、挙句の果てに令状を取って本部で聴取すると脅すと、彼女はやっとその硬い口を開いた。
「わ、分からないです……。あれ、本当の事だったのか」
四月某日。午後は22時を回っていた頃。後藤君江が洗濯物を取り込もうと外へ出たところ、ある男が、金髪の女をつれ、この駐車場へとやってきたのが見えたと言う。みたところ、年の近い、割と普通のカップルだったらしい。
しかし、突如異変が起こった。
男が、女の口の中に、手を思い切り突っ込んだ。女は硬直し、もがいたがすぐに、今度は男が、何を使ってかは分からないが、女の腕を、素手で切り落としたのだと言う。
「ば、ばさって。で、血。血が……」
「腕と言うのは、どっち側の腕ですか」
「わ、分からないです。だ、だって」
――すぐに片方の腕も……
その後も、その男の凶行は続いたという。今度は女の両足に手をかけ、それを切断した。しかしその時分かったのが、その男は腕を、なんと手で握りつぶして切断していたように見えた、らしい。
「掴んで、その後、力を籠めたら、グシャッて」
その後、なぜか男はそこまでした女に、話しかけていたように見えたと彼女は証言した。しかし途中でダルマの様に手足の無いその女が、這う様に足掻くと、その男は激昂し、女の脳天を握りつぶしたのだと言う。
「こ、怖かったです……」
その後男は狂ったように手を使い、足を使い、あらゆる方法を使って女に攻撃した。踏み抜き、握り潰し、殴りつけ。途中から人としての形は、もはや分からなくなってしまっていたらしい。
「しかし……なぜ通報しなかったのですか」
そう聞くと、彼女は声を震わせ、涙目で叫んだ。
「だ、だってっ、信じてもらえるわけないじゃないですかッ。そ、それに、あの場にいた時は身動きして、もし気づかれでもしたらって気が気じゃなかったんですぅッ」
確かに、何も知らずにそれを聞けば、警察はまともに取り合ってくれないかも知れない。
しかし警察に現場を知らせてくれさえすれば状況は変わっていたはずだと浩人は思う。そうすれば残された人骨からひどくても死体遺棄事件として、まともな捜査本部が立っていたかもしれないのだ。それだけはっきり見ているなら、一般的な人なら通報してくれそうなものだが……。
その後モンタージュの似顔絵を見せると、少し躊躇った後、すぐにその男に非常に良く似ている、とまで証言してくれた。
しかし……あの主婦の証言。
――あれ以来浩人は、どこか引っかかって仕方がないのだ。
「まぁでも顔も割れたなら、後は時間の問題っすかねぇ」
新宿署の、早稲田通り沿い連続女性惨殺事件捜査本部が設置された大会議室。浩人は璃砂、健人、時田の四人で昼食をとっていた。捜査本部は閑散としている。ほとんどの捜査員が聞き込みで出払っているのだ。しかも捜査本部の意向自体には背いた捜査をしているため、新宿署に常駐し、何か指示があれば対応する、その姿勢をとりあえず見せている。
捜査本部のデスクの内線には時折架電がある、多野や三島からの時もあれば、四谷のネタをかっさらった本庁の公安、四谷の警備部からの事もある。そう言えば今日は朝から、あの沖和正が帳場に顔を出していたらしい。
「でも何か……引っかかるんだよな」
「藤堂さん、朝からずっと言ってるっすよね。それ」
決めた。とりあえず行ってみることとしよう。
「なぁ門田」
「はい、なんでしょう」
「昼、ちょっと出ないか」
じっとしてるのはやはり、性に合わない。
「どこにです」
――デートのお誘いじゃ、無いですよね?
「おぉっ、璃砂ちゃんいうようになったねぇ」
健人。うるさいぞ。
「ああ。後藤君江だ」
少し考えるそぶりを見せてから、彼女は答えた。
「了解です」