色付く日常/三位明崇
昼休みも終盤。残り15分の予鈴が鳴る。そろそろ二人もどこかへ行ってくれないかと明崇がしびれを切らしていると、三人の前に一人の男子生徒が駆け寄ってきた。なにやら、というかやはり不機嫌そうだ。
「登田さん、お兄さんだって」
「あ、お兄ちゃん」
初耳だ。亜子には兄がいたのか。
教室の出入り口を見やると長身かつガタイの良い男子が立っていた。しかしネームプレートの色は青。明崇たちと同じ一年生。
「あの二人、二卵性の双子なの。お兄さんは別クラス」
なるほど。
「結構ここに来てたりしたのか」
「全然。ただ登下校がいつも一緒だから、男子はビビッて近づけないんだって」
確かに、あんなに妹が人気だと兄は何かと不安なものなのかもしれない。
――兄、か。
すると出入り口前での会話はそこそこに、なぜか亜子はそのお兄さんを、明崇の机まで連れてきた。そして突然の他己紹介。
「紹介するねお兄ちゃん、こちら、三位明崇君。通称アキ君」
いやそう呼んでるのは今のところ亜子だけだ。その呼び方を君の一存で通称にするのはどうだろう。
「あ、俺、登田剛。亜子の兄貴。なんかこいつ色々変わってて引くと思うけど仲良くしてやってくれ」
「お兄ちゃん酷い。変なこと言わないでよ」
口を尖らせる亜子。強面だが、登田兄は思ったよりフランクな男子生徒だった。
「後ね、こちら桑折真夜ちゃん、通称私のお姉ちゃん」
「あ、どうも。いつも亜子がお世話に」
「いえいえ、こちらこそ」
互いに深々と頭を下げてみせる。
「ということで私のお兄ちゃんに来てもらいました」
なぜか胸を張る亜子。というか、呼んだのは亜子なのか。
「いやなぜ」
「決まってるよ、アキ君のお友達になってもらうの」
「は?」
何だよそれ。初耳だぞ。
「真夜ちゃんがね、アキ君にはお友達がいなくて寂しそうにしてるからって……」
ハァ?
「でも、私仲良いの真夜ちゃんだけだし、だったらお兄ちゃん、同い年だから」
こいつ……左目で真夜を睨むが、当の本人は舌を出している。
朝からやけに命令だのなんだのと、亜子まで俺に構おうとしたのはそういうわけか。
「やー、大変そうだなその、三位?も」
「お兄ちゃん、駄目だよ。アキ君て呼んだげて」
「いや、いいから。普通に三位で」
「おい、登田お前C組だろ。五分前五分前」
「あぁ、すんません」
気が付けば先生が次の授業の準備をしていて、会話はそこで打ち止めになった。
放課後。予想はできていたが、二人はすぐに明崇を解放してはくれなかった。
どうやら剛のクラスのホームルームが長引いているようで、それを待って四人で帰る。それが二人のさっきから何度も言うみっしょん、つまり計画らしい。
出入り口付近、帰ろうとする明崇に対しそれを阻止しようとする二人。彼女達の執念のマンツーマンディフェンスに対し敗北を認めた明崇は教室の地べたにへたり込み、竹刀袋を立てかけ佇んでいた。
クラスメイトはほぼ帰宅している。三人以外にはちらほらとしか人がおらず、閑散としていた。
「ふふっ。やるねぇアキ君。楽しかったよぉ。もう一回する?」
まだ息が上がっている亜子は先ほどの下らない攻防がなぜかお気に召したようで、まだ一人でにマンツーマンのモーションをしている。小動物に似たその動きが微笑ましい。
「明崇は私達に触れられないからね、勝利は最初から決まっていたんだよ亜子。ね、明崇。図星でしょ」
「うるせ」
対して真夜は全く息も切らしていない。流石の身体能力だ。
「え、なんで。なんでアキ君は私たちに触れないの」
そんな顔をするな。コンプレックスに触れられて、泣きたいのはむしろこっちだぞ。
「それはねぇ、亜子。明崇は女の子がにが……」
「余計なこと言うのやめろって……」
「あはは、ごめんごめん」
そう、真夜とは小学校以来の付き合いなのだ。そういう意味では全く頭が上がらない。
小学校の頃から俺は女性が苦手だった。触れることは勿論、真夜と伽耶奈、そして母親以外の女性と会話できなかった。真夜は当時それをよく気遣ってくれたが、それと同じくらいからかった。
そう、今みたいに。
こうしてると、普通の高校生の様だ。
自然と表情が緩む。視線を感じて見上げれば、真夜が柔らかい微笑を浮かべていた。
「明崇。ありがとね」
「は?何が」
「いーやぁ、なんでもなーい」
「うんうんっ」
亜子はなぜか涙ぐんでいる。
その時ガラっと、ドアが開く音がした。
「ああ、わり。待たせてたんだな」
剛のクラスのホームルームも、ようやく終わったようだ。
「よし、今日の最後のみっしょんだね。帰ろ、明崇」
みっしょん、何それ、と一人置いてけぼりの剛を連れ、四人は教室を出た。