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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第三章 嗤魔群・ラフィンレギオン
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外野/御手洗篤史

御手洗篤史は久しぶりに、この場所を訪れていた。


昔はよく来たものだ。用向きは基本、接待であったが。


「お久しぶりです、多野警部補」

「……久しぶり、か。そんな気はしないけどね」


捜査一課八係の主任警部補、多野とは、彼が杉並署の強硬班で巡査部長をやっていたころからの知り合いだ。あの頃から体の良い情報屋として、篤史は彼と親交があった。


今でもよく飲む仲。しかしだからと言って、多野が報道規制のかかった捜査情報を簡単に教えてくれるわけがない。


「多野班、ですか。出世しましたね」

「そう言われると照れるね」


大久保の、馴染みのバー。多野の結婚祝いに、飲みに誘われて以来だ。


「それで、今日はどんな用件?」

「……分かっていて、お人の悪い」


そう言うと、多野は快活に笑って見せた。この人は本当に変わらない。いつになってもその笑顔は若い頃の面影そのままだ。


「有名だよ?朝夕の文屋は最近、いろいろと危ない綱を渡ってるって」

「はは。それはそれは」

少し、はしゃぎすぎたか……。


三位明崇。あの少年の依頼を受けて大分経つものの、どうにもこの一件から、手を引く気になれないのだ。


「ま、別にそのことは良いよ。危ない橋を渡っているのは、私もだからね……」


そんな彼の表情が陰る。新宿の帳場で、何かあったのだろうか。

彼がちらりと今となっては珍しい折り畳み式の携帯を見た。その表情に変化は、ない。


だが。


「いいよ。篤史君。全部しゃべる。新宿の帳場、早稲田通り沿いの殺人、でいいんだよね?」

「……はい?」


なんと。一体何があったのだ。先ほどの携帯のディスプレイに何と表示されていたのか、篤史は是が非でも、そちらの方の情報を知りたくなってしまった。



流石に場所を変えた。誰が聞いているかもわからないあのバーは、密談には向いていないと判断したのだ。

彼がその場所に選んだのは、なんと店を出てすぐ、細い路地の小さな公園だった。


大の大人二人でそのこじんまりとしたベンチに腰を下ろし、情報の交換は静かに始まった。


とはいっても篤史からの情報は既に書類として手渡してある。多野がもたらす情報は本来捜査に関わる警察関係者以外誰も知ってはならない物だ。外部に漏れた時に多野に迷惑がかからないよう、捜査情報を伝える時はいつも口頭で。これは彼が巡査部長だった頃からの約束だ。


「まず、四谷の事を受けて今回新宿の帳場に再編成されたわけだけど」

「ええ」


「その四谷がね……触れなくなっちゃったんだよね」


触れなく、なった。その言い方からして、何がその元凶たるかを、教えてもらうことはおそらくできないだろう。


「と言うことでさ。今のところ多野班と三島班で別れて、野方と戸塚を追ってるんだ。しかもどちらも、正直言うと違法で仕入れたネタだ」

「違法?」

「盗撮、盗聴……。うちの班の汽嶋だよ」


それはまた……賭けに出たな。刑事捜査は違法捜査を容認されている公安部などを侮蔑することさえある。その公安部の手法に頼り事件を解決しようとしている……。


多野達は相当、切羽詰っていると見える。


「つまり仕入れたというのは」


「うん。野方も収穫はあったけど……大きな収穫は戸塚の被害者の実名、だね」

ほう……もうそこまで。

多野はもったいぶることなく、その被害者女性の実名と、その判明に至る経緯を説明した。


「まずは……そうだね。気になるみたいだから戸塚から。見つかった白骨化遺体の大腿骨に手術痕があってね。それを元に被害者を絞り込んだ。若い二十代女性で大腿骨骨折……、年間都内でなんと二人だけだったよ。そして片方の方はご存命。案外簡単に絞れて拍子抜け。被害者女性について調べたら、やっぱり行方不明者届も出されてた。被害者女性の名は、川本英美(かわもとひでみ)。私立高校の教員をしていたみたいだ。次はその高校を当たるって、三島さんは言ってたね」


「野方は……」

「うん」

分かっている、と。多野は頷いた。

「野方は僕たちが調べた。汽嶋が握ってたネタで三件目被害者・芦田美由紀の“婚約者”その存在に大きく近づくことができたよ」


彼はおもむろに封筒を取り出した。


「被害者は婚約者と、特定の店で会っていた。いわゆる密会。SSBCに頼み込んだらその近辺の監視カメラに、一つだけ。映ってた」


封筒を開く。そのモノクロの写真には華やかな服装をした女性と連れだって歩く、若く背の高い男が見て取れる。


それは分かるのだが。


「えっと……、これは?」

その封筒に入っていた書類は一枚ではなかった。

「ああ、それはね……、モンタージュ」

モンタージュ――つまり似顔絵。

「容疑者の、ですか」

「うん」


でもどうやって……。これだけ不鮮明な画像から?それともその行きつけの店の店員からか?


「実はね……うちの藤堂君と野方署の門田君。あの二人がつかんだネタなんだよね」


門田。警務部広報、門田瑛の娘か。


「どうやら見逃していた二件目が、一件目の戸塚と二件目と思われていた四谷の間にあったみたいで。彼らなんとね、その場で犯行現場まで突き止めたんだよ」


それは……、ここに来て大きく動いたな。


「白骨化なんてもんじゃない……もはや骨片だね。粉々になった骨が散らばっていた……。だから見つからなかったんだろうけど。現場のDNAから中野署で捜索願が出されてた行方不明者、朝倉桂子だと判明した。このモンタージュは朝倉桂子が行方不明になった時、その重要参考人として似顔絵を描かせたものだ。このモンタージュを、野方の方ね、芦田美由紀の行きつけのお店、その店員さんに見せたらさ」


――とっても似ていると言ってくれたよ。


じゃあホシはこの男で決まり。そう言う事になる。篤史はモンタージュを見つめた。


警戒心を抱くのが難しそうな、柔和な顔。それがこちらを見下ろすように、悠然と微笑んでいるように、篤史には見えた。


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