骨一片/藤堂浩人
「浩人さん……、どうするんです?」
取り敢えずモンタージュはあのメンバーのみに通達した。しかし……。
「捜査本部には今のところ……このモンタージュと発覚したもう一つの事件について、伝えるつもりは無い」
璃砂が不安そうに見上げてくる。
「い、良いんですか?それ……」
よかないよ。全然よくない。でも……今はあのメンバー以外、どうしても信用できない。
今回の事件には、不可視かつ巨大な組織的圧力が働いている。それを承知で事件を解決したいと望むのなら、巨大な警察組織に頼るべきではない。信用できないのだ。
そう、考え事をしながら歩けば。
「うわぁ、なんだか、迷っちゃいましたねぇ」
「ああ」
二人でルートを確認して進んでいたはずなのに、住宅街の迷路に、いつのまにか迷いこんでいた。
「いや、大丈夫……。こっちの道……丁度路線沿いだ」
「あれ、本当」
行きに通った道を発見した。ここまでくれば大丈夫だろう。
目の前にはさびれた、それでいて活気のありそうな集合団地がある。そこを目指して住宅街に囲まれた、広いとは言えない一本道を行く。
そこで浩人は、その風景に既視感を覚えた。
……狭い、な。
深夜ともなれば、ここを通るのを男女問わずお勧めはできないだろう。
そんな事を考えているとつい先ほど、沖和正がヒントの前に口にした一言がふと、よみがえった。
――狭いな。
来た。
何かが思い浮かぶ。その前触れ。周囲の音が消える。この思考世界には浩人ただ一人。
――弱者の逃げ場は、存在しない。
出かかっている。喉元まで。落ち着いて事件を整理しろ……。
――被害者女性達と同じだ。
野方の一件は、どうだ。
あの現場は、広かった。でも今思えば……。
あれ、トイレの壁の脇だったな。
公園の公衆トイレ。その脇。青いビニールはそこに沿って広がっていた。
考えろ、考えるんだ。
案外、殺るとしたら、ここら辺……。
浩人は気が付けば、走り出していた。璃砂ももう何も言わず、ついてくる。
路地、迷路、その中の壁、フェンス……フェンス?
閉鎖的な空間が目に飛び込んできた。
フェンス越し、その空間がむしろこちらを覗き込んでいる。それくらいその空間には、それらしい、“雰囲気”があった。
「クソッ」
フェンスは高すぎて越えられない。しかしその向こうに、この空間へと侵入する入り口が見えた。
「高架下……」
そこをくぐると、やっとその入口へと回り込むことができた。
「……」
「ここって……」
狭い入口から覗く混沌とした閉鎖空間。それは団地アパートが奥のフェンスの前に、ぴったり張り付く事でその混沌とした閉鎖性を完成させている。
その深淵が、こちらを睨み返してくる。
黒、ではない。醜悪な極彩色。そんな雰囲気だ。
一歩、踏み出す。
「ここは……」
駐車場の様だ。先ほどの位置からは死角になっていたが、入り口の右隣に開けた場所があり、車が乗り入れられるようになっている。
――ガリッ。
何かを踏んだ。石とは違う、それよりも少し軽めの、触ったことはあっても、踏んだことのないような……感触。
足元、目に移る茶けた白。少し大きめの、園芸に使う軽石の様な、欠片。同じようなものを、浩人は幼い頃、目にしたことがある。
――叔母の葬式。納骨の際に。
「これまさか……」
骨……なのか?
興奮で背筋が泡立つ。まさか……
その時だった。
「誰だッ」
「え、ひッ」
視線を、感じたのは。
「あ、あのぉ、何ですかぁ……」
金網の影から頭が覗く。団地住まいの主婦だろうか。浩人は興奮冷めやらぬままに、パスケースのナス管から、警察手帳を引っ張った。