モンタージュ/藤堂浩人
浩人と璃砂は中野署を出たその足で、朝倉桂子の勤務先のクラブ、『エルゼ』へと向かった。
中野署からさほど遠くない。東中野の少し落ち着いた空気を纏う歓楽街。そこのビジネスビル二階に、件のクラブは店を構えていた。
「ああ、警察の方……」
浩人と璃砂に応対してくれたのは少し年配の、それこそ洗練された空気を持って着物を着こなす女性だった。いわゆるクラブのママ、その貫禄に見合う雰囲気を纏っている。
「それで……桂子は」
「すみません、彼女が見つかったわけではないんです……」
不審そうに、形の良い眉が顰められる。
「彼女が、ある事件に巻き込まれた可能性がありまして。今その捜査をしているんです」
璃砂の言い方は要領を得ない。彼女を気遣っているのだろうが、それは逆効果かもしれない。ここははっきりと言ってしまった方が良いだろう。
「彼女は、朝倉桂子さんは、ある殺人事件の被害者、である可能性があります」
「殺人……」
それを聞いた彼女は、悲しげではあるが、なんと驚いてはいないように見える。覚悟していたような、落ち着いた表情を浮かべていた。
「よろしければ、彼女が失踪する前何があったか、既に話していただいたことでしょうが……もう一度教えて頂けないでしょうか」
コクっと、彼女は頷いた。
「あの子……桂子はうちの稼ぎ頭でした。よく気が付くし、根が良い子だったんです。常連さん何人も抱えてました……けど」
どうやらある客が来るようになってから、様子が変になっていったという。
「若い……三十代前半の男性でした。とても羽振りが良くて、人当たりも良いので、すぐに桂子とは親密になったみたいで。あの子、本当は親がいないんです。施設を出てからはずっと私が親代わりみたいなことをしていました。ですから最初は嬉しかったですよ?それは。娘同然の桂子に、婚約者ができたって知って……」
婚約者。これは決定的なワードではないだろうか。
「まず、仕事に出なくなりました。出て来てもあの子ひどくやつれてて、何かあったのって聞いても何も言ってくれないんです。私はあの子の事、分かってあげられるつもりでいたのに……」
そして暫くしてからだったという。
「連絡が、つかなくなりました……。一晩中嫌なくらい雨が降った、その前日の朝にはもう……。一日中探して見つからなくて、そこで、やっと警察の方に」
言葉も、無い。
日本で年間の行方不明者数はざっと八万人。それが毎年である。こういう悲劇は、実はそれだけ、よくあることなのかもしれない。そう思うと、人としては勿論刑事としての自分にも、やるせなさがあった。
「あの……それでは、その、婚約者の方は」
「あれ以来、ここにはいらしておりません。それどころか名前も、偽名だったようで……でも、確か、何でしょう、モンタージュ?似顔絵を……」
――似顔絵。
「あ、あるんですか」
これは……大きな前進だ。事件の際、参考人の顔立ちの特徴を捉え似顔絵を作製するのは刑事捜査では一般的かつ有効な手法。人相が分かれば、それだけでも犯人を捕捉するのに有効な武器になるのは間違いないだろう。
そう言って、中野署の捜査員に渡されたという、その婚約者の写真を手渡された。
「これは……」
「いけ好かない顔、してますね」
いかにもモテそうな、優男。そんな感じの顔立ちだ。よもや殺人など想像もできない。いや、それともこういったタイプの方が、案外危険だったりするのだろうか。
「お願いです。桂子の事」
――見つけてあげてください。
肩を落とした彼女に見送られ、店を出た。