Key/藤堂浩人
そこには、帳場の刑事課、その面々が顔をそろえていた。捜査一課八係多野班主任警部補、多野航、そして多野班所属巡査、倉持健人。その隣には璃砂と同じ野方署強硬班の女性巡査、時田朱里。他にもいる。途中から帳場に参加した八係の三島班。彼女たちの顔もある。そして箸にちょこんと、戸塚署生活安全課、睦美司。
その他にも、様々な捜査員がこの場に集まっていた。見知らぬ捜査員もいるがそのほとんどが初動捜査から帳場に関わっている、所轄の刑事課捜査員達。
「何を……しているんですか」
「まぁまぁ浩人君。まずは座ってください」
多野が、なぜかテーブルの上座の席へと浩人を案内する。その隣に、璃砂を座らせる。
少しして他にも数人が合流した後、多野が口を開いた。
「今日ここに集まっているのは初動捜査からこの事案に関わってきた面々、そして不当にその功績をないがしろにされた刑事達」
――私達の呼びかけに答えてくれた、仲間だ。
「このまま事件の集束をただ眺めることはどうしてもできない。私はそう考えている」
多野が静かに宣言する。異議を唱える者は誰もいない。それだけこの場にいる全員が覚悟を決めてここにきているということか。
「でも、待ってよ多野クン」
しかしそこに多野と同じ八係主任警部補、三島が当然の疑問を投げかけた。
「そんなこと言っても、指揮系統に沿わない捜査やれるだけの当てはあるの?一番有力だった四谷の一件は取られたし」
唇をかむ彼女。酷く悔しそうだ。
「野方ももう手詰まりなんでしょ?戸塚はそれよりも望みが薄い……。本当どうしろってのよ」
「勿論その点は理解しています。そこで、うちの班の汽嶋です」
名前を出され、ゆるりと汽嶋が、頭を下げて見せる。
「どうも、八係多野班の汽嶋です。部署は勿論言えないすけど、ついこの前まで公安にいましたァ。なので知ってるんす」
――皆さんが知らない事、たくさん。
「正直……、今回の件は少しヤバい……変な触り方すれば、命の保証はできないっすね。でも、それでもやりたいっていう物好きな方は、俺の情報をどうぞ」
汽嶋……、なぜこんなヤツが突然、俺達に協力を申し出てくる?
その何か企んでそうな、口元が笑みに歪む横顔を見る。
何が目的だ――
「後一つ、俺の手持ちのネタは全部秘撮、秘聴などなど……いわゆる違法捜査ってやつで挙げたのがほとんどですが……それでも刑事課の皆さん、よろしいんすよね」
意外なことに誰も、首を横に振るものはいなかった。
「では……」
汽嶋が開示した情報は、確実にこの状況に風穴を開ける、その足掛かりになるものと言えた。
まず、あの礼集女学園大学での識鑑に際して間未来から得た、芦田美由紀の婚約者についての情報。
何と間未来は、その婚約者を一度だけ見かけていたという。しかも婚約者と被害者女性は、いつも同じ店で待ち合わせをしていた……。
「てんめェッ……」
健人が立ち上がり、汽嶋の胸ぐらをつかもうとしたが、浩人がそれを制した。
確かにこの、浩人と璃砂から横取りした情報を早い段階で会議に報告できていたら、どれだけ良かったろう。
しかし今それをとやかく言う暇はない。むしろ気になるのは。
それだけの情報をなぜ今になって、汽嶋が明かす気になったかと言うことだ。ここまで来たら隠し通した方が今後のため、と汽嶋なら考えそうなものだが。
一体何を考えている……。
汽嶋は以前、気持ちの悪い笑顔を浮かべている。
そして彼が提示した情報はそれだけではない。
「戸塚の遺体のも、あるんすよ」
次に汽嶋がおもむろに取り出したのは、何と捜査員でも直に見れないだろう検視結果の写しだった。普段捜査員は口頭、もしくは別の書面で書き取られたものと言う形でしか、検視結果を受け取る事は出来ない。この検視結果はどうやら、戸塚署の白骨化した遺体のものであるらしかった。
「おい、これ……。ちゃんと羽鳥主任見てたんですかね」
戸塚署の捜査員の誰かが呟いた。
東京都監察医務院の検視結果。その検視結果に、驚くべき事実が記されていた。
「大腿骨の傷……」
ミイラ化した遺体には、大腿骨に特徴的な手術痕が見られたという。「恐らく大腿骨骨折と思われる」と、丁寧に前野検死官の記述さえある。
「これ、身元特定に仕えるんじゃ……」
「なんでです、藤堂さん」
「大腿骨骨折と言えば、高齢者だろ。ほら、骨粗鬆症」
そう。大腿骨骨折と言えば主に高齢者に見られる代表的な骨折だ。骨密度が低下するいわゆる骨粗鬆症が原因となり、強靭なはずの大腿骨が脆弱になる。祖母が骨粗鬆症を患っていたため、浩人には覚えがあった。
対して若年者は派手な交通事故くらいでしか大腿骨を骨折することなど滅多に無い。足、太ももの骨とは、それだけ強靭な物であるはずなのだ。
「この遺体は20代女性……大腿骨骨折の所見は珍しいはずだ。今からでも病院を当たって大きな事故と怪我を照会すれば、身元特定できるんじゃないか」
その場の皆がハッと、顔を上げる。
そうだ。まだ終わってない。俺も、彼らも――
まだ、やれる。