行き止まり/藤堂浩人
あの後味の悪い新宿署捜査会議から、既に二日が経過していた。浩人と璃砂は未だ、無意味とも思える識鑑を繰り返している。
――ふざけるな。身元も割れてないんだぞ……。
戸塚での一件、連続殺人事案としては最初の一件目である。初動捜査の時点で白骨死体だった遺体。衣服を含め身に付けていたであろうものは野方署の件同様持ち去られているため、身元は全く持って不明。
浩人は先ほどまで、遺体が遺棄されていたビジネスホテルだった廃ビルの元オーナー相手に話を聞いていた。もちろん、収穫は皆無。
「藤堂さんお昼どうします?」
璃砂が問うた。浩人の沈んだ雰囲気を盛り上げようと、彼女は最近やけに、明るく振舞おうとする。
「うどんっ、おうどんにしましょう。ほらそこのお店!藤堂さんの好物のうどんですよぉ」
彼女がどう思っているのかは知らないが――
浩人は刑事だ。
捜査し、人の罪を詳らかにし、犯人を白日の下にさらす。それが俺の仕事だ。
――たった一回、死にかけたからといって……。
それが諦める理由になりはしない。
璃砂は“あれ”以来、浩人の事をひどく気にかけている節がある。自分があの後どうやって死の縁から蘇生したのか、確かにそれは気になるが、今はそんなことどうでも良い――。
「藤堂さん、聞いてます?藤堂さ、ん……」
何だよ――
浩人は立ち止まり、振り返る。彼女を見る。
その彼女は浩人にスッと近づき。
「ひどい……」
浩人の頬に、その細い指をなぞらせた。
「お前、何してッ」
人前で――
浩人の頬を撫でる璃砂の目が、ひどく潤んでいる。
「ひどい顔です藤堂さん。今日は、もう止めませんか……」
何だよ。最初からそう言ってくれ。
10歳も年が離れてる、こんな相手に、俺は……。
取り敢えず璃砂を連れ新宿署に戻ろうとした、その時だった。
架電。誰からだろう。
「おう、藤堂先輩」
なんと汽嶋が、浩人の携帯に電話してきたのだ。
「これからいい話があるからよ、ちょっと面貸せや」
――やっぱり皆さん、アンタの読みが気になるってさ。
いつもの乱暴口調ではあったが、その声はどこか嬉しそうに聞こえる。
それにしても、何の用だろう。どうせこの後も新宿署に戻るだけ。
「わかった」
断る理由が、浩人には無かった。
汽嶋に呼び出されたそこはいつか、璃砂と共に司と会い連続殺人発覚の決め手となった、
あの喫茶店。
その前、汽嶋が立って、鷹揚に手を挙げて見せる。
「よぉ、主人公」
底抜けに生意気な冗談も小憎たらしい。
「刑事課の皆さんお待ちかねだよ」
ニヤリとし、二人をその喫茶店の中に誘う。
これは。
浩人はその光景に、思わず息を飲んだ。