班分け/三位明崇
真夜の言ったように、今日は数学のテスト返却、そして研修旅行の班分け以外に、大した授業と言えるものは無かった。
「亜子……そろそろどいてくれないか」
「やだぁ」
「明崇、今はそっとしといてあげようよ」
亜子は午後の五限目が終了してずっと、明崇の机に突っ伏している。原因は勿論五限目の、数学のテスト返却にある。
亜子は32点だった。
――登田……、お前もうちょっと頑張れよ。
数学担当の鳥越が爽やかな笑顔で、研修空け、亜子に数学の補修を課したのである。それ以来亜子はずっと、この調子。
「やっぱ亜子にはアキ君に家庭教師をしてもらうしか無いよぉ……」
いやそれについては何度も言うけど。
「やだね」
「アキ君の意地悪ッ」
そう返すと亜子は突っ伏した自分のおでこをもう一度、明崇の机に打ち付けながら叫んだ。
「もういいよっ。アキ君なんて知らないっ」
そう言いつつ、額をこれでもかとばかりに、グリグリと明崇の机に押し付けている。
――そう言うなら机から退いてくれ……。
「でも亜子、次は研修の班分けだよ?」
真夜が猫なで声で亜子の耳元でささやいた。瞬間ビクッと、彼女は顔を上げる。
明崇が見たその表情には既に。
「そ、そうだよね真夜ちゃん。これは、くよくよしていられないねっ」
ひとかけらも曇りは見えない。
「……立ち直り早っ」
明崇の呟きが、柔らかな教室の陽だまりの中に溶けた。
班分けは恙なく進行した。四人もしくは三人で固まりを作り、あぶれた者をその後振り分けていく。明崇は真夜と亜子を含めた三人で一塊になっていた。
まだ班が決定したわけでも無いのに、亜子と真夜は既に東京のどこを回るかという話で既に盛り上がっていた。
「久々に浅草行きたいな……」
「いいねいいね」
明崇は二人の会話には参加せず、ぼーっと、教室の班分けの様子を眺めていた。当然こういうシステムで班分けを行うと、いわゆる『仲間外れ』が出てくる。今回の場合、男子生徒が一人、取り残される事態となっていた。
班分けを取り仕切っているのは先ほどの五時限目でテストを返却した数学教師、鳥越だ。担任の川田は現在体調を崩して学校に来れていないらしいと真夜からは聞いている。
その男子は誰に取りつく島も無く、ぽっかりと取り残されている。その男子生徒に、明崇はもちろん見覚えがあった。
――後藤だ。
確か、そんな名前だったはず。明崇に、終始文句を言っていた学生だ。彼は教室では結構な中心人物に見えたが。一体どうしたのだろう。
「明崇は気にすることない」
気が付くと真夜が涼しい表情で、その教室を見ながら言った。
すると業を煮やしたのか鳥越が、その後藤を連れてこっちへ向かってきた。
「なぁ、済まないけどさ、後藤その班に入れてやってくれないか。三人班なのここだけだし」
済まないけど、だと。
その言い方は後藤にも失礼だろう。初めて明崇は、この数学教師に反感を抱いた。
「別に全然、構いませんよ」
「えッ」
先ほどからトボトボとこちらに歩いてきている、後藤が少し顔を挙げた。
「いいだろ、真夜」
「明崇が言うなら構わないけど」
その割に真夜の表情は硬い。亜子は……聞いてないか。
まぁ息抜き程度になればいい。一時、事件の事は保留にして――。
その時はこの研修旅行を、そのくらいにしか捉えてはいなかった。