赤い幻夢/三位明崇
久しぶりに、寝ている間に夢を見た。
懐かしい、今は廃墟になっている実家だ。そこに迷いこんだ時点で、ああこれは夢だなと、気づいてはいたのだと思う。庭で、誰かが、土をいじっている。
母だ。母がいる。
母の趣味は園芸だった。俺は面倒くさがって全然手伝ったことは無かったけれど、素直でできのいい弟は、いつも進んで手伝っていた気がする。
そこで、また誰かが近づいてくる音がする。物陰から現れたのは、今度は父だった。
あれ、みんな死んだんじゃなかったっけ――
父は、弟を連れていた。
ああ、なんだ。全部ウソだったのか。何だよ、心配させんなよ。
俺は母に駆け寄り、こんな時くらい手伝おうとしゃがみこんだ。
するとなんと、その母が消えた。振り返ると、父も……いない。
その代り。
真っ赤だ。庭が一面、振り返ると家も、全てが真っ赤に染まっている。視界一面の赤、赤、赤……
その真ん中に、弟が、佇んでいる。
いや、本当に、お前なのか――。
あ、あき――
声をかける前に、目が合う。それと同時に、景色がうねりだす。真っ赤な海が、波頭を作る。
真っ赤な濁流が、迫る。俺を、呑み込んでいく。その体が熱く、火照っていく。
何かが至る所からはい出ようとする。白熱する。
「あ、……ぁか」
誰。誰だ。
「あき、たか」
誰か、名前を呼んでいる。俺の名前を呼んでいる。
真っ赤な視界のその向こうに、何者かが佇む、その向こうに。
真夜がいる、よく見ると、伽耶奈も、亜子も、剛までいる。みんなが俺を呼んでいるのだ。
みんな、こっちに向かって走ってきている。
駄目だ。こっちに来ちゃだめだ。危ないんだよ。危険なんだよ。この赤いのに飲み込まれたら、俺みたいになっちまう。お願いだから、来ないで。
――来ないでくれ。
この夢の結末は知っている。それが分かっていても夢の中、叫ばずにはいられない。
近くで見ると、真夜は幼い頃の姿をしていた。泣いている。幼いころの真夜が泣いた、そんな記憶は、無いはずなのに――。
そしてみんなを容赦なく、その赤い津波が呑み込んだ。
そして全部、真っ赤に、真っ赤になって――
目が覚めた。
「……サイアク」
「どした?」
「いや、なんでもね」
もう剛は、起きてたのか。
寝言とか、聞かれてないよな――。
取り敢えず、顔を洗おう。階下へと降りる。
「あ、明崇」
「アキ君おはよ」
二人とは、洗面所で鉢合わせした。
「……おはよう」
しゃこしゃこと、亜子は寝ぼけた顔をして、歯を磨いている。真夜は先ほど顔を洗ったのか、タオルで顔を拭いていた。
「よく眠れた?」
「まぁそれなりに」
言ってしまった後になって、しまったと思った。こういう簡単な嘘も、真夜にはすぐバレる。案の定、彼女は表情を潜めていて。しかしすぐに、優しそうなそれに変わった。
「そう……。明崇、ごはんできてるよ」
朝食を取った後で、明崇は決定的なことに気付いた。もしかしなくても今日、あのボロボロの制服を着て学校に行かなければならないのだろうか。通学カバンも、竹刀入れもそうだ。
しかし。
「おはようアキ君。制服とカバン、寝ている間に手直ししておいたからね」
登田母、芽衣子だった。
「あ、ありがとうございます」
こんな事までしてもらうつもりは、無かったのだが……。
確かに、制服、カバン共に綺麗に修繕されていた。ほつれているところもあまりないように見える。しかしその横には。
――竹刀入れ。
「真夜ちゃんがね、朝早く起きて手伝ってくれたの。自分の役目だって。言ってきかなかったのよ」
真夜が。
竹刀入れを手に取ると違わぬ位置にウサギのワッペンが、今まで通りに張り付けられていた。