裏事/三位明崇
明崇は篤史からの捜査状況のレポート、それに目を通し、愕然としていた。
なんで連続殺人事件としての初動が、こんなに遅いんだ――
実際に連続殺人事件として扱われ始めたのはなんと、明崇が四件目だと認識した中野の帳場の捜査員が非番の際、戸塚署の捜査員と情報交換を行ったのがきっかけだと篤史のレポートに記載がある。
これは明らかに、異常だ。
今回のような事件の場合、連続殺人事件と判明するのは非常に早い段階でなければおかしい。
通常は警視庁刑事部傘下のSSBC、捜査支援分析センターが犯罪者のプロファイリングを行っているはずだ。その結果として連続殺人事件、同一犯による犯罪として扱われ、合同捜査本部が立つ。しかしそれ以前に、このケースは不自然だと明崇は思う。
今回の連続殺人事件は、どの件も明らかに多くの共通点が見出せる。まず大きなものが頭部の損壊、そして被害者が女性であると言う事、そしてこのレポートにも記載があるように、この連続殺人事件が新宿~中野間の早稲田通り沿いで集中して起こっていることがあげられる。そしてこの他にもレポートに報告されている、報道規制がかかった内容にまで触れれば、両腕両足、つまり四肢の著しい損壊、と言うのがあげられている。
これではプロファイリングするまでも無い。誰かが早い段階で必ず、刑事課捜査員の誰かが同一犯の仕業だと気づかなければおかしい。実際に報道を字面だけチェックしていた素人の明崇が、連続殺人事案だと思い込んでいたくらいだ。
――俺なんかに、殺人班、捜査一課員が遅れをとるはずがない。
そう、これは、警察の威信にかかわる問題だ。明らかに誰かが気付かないとおかしい。特に刑事部の人間はつまりその手の道のプロだ。日々どのような殺人事件が起こっているかも細かくチェックをしているはず。なのに、なぜ連続殺人事件だと発覚、いや気付くのがこれほどまで遅かったのか……。
「明崇……、と伽耶奈さん?何してんの」
そこで真夜が突然声をかけてきた。風呂から上がったのか、就寝前のラフな格好に身を包んでいる。そのせいか彼女の健康的に白い頬は、少し赤く火照っている様に見えた。明崇は慌てて目を逸らす。
――そんな恰好で……。
「あ、ああ。ちょっとな」
「なになに。私にも見してよ」
隠そうとすれば、後ろから覗き込もうとする。ふわりと、シャンプーの香りが鼻を掠めた。
「真夜には関係無いって」
なにそれ、と彼女の表情が不機嫌そうなそれに染まる。その表情すらどこか蠱惑的だ。
「仲間外れは流石にナシだよ」
「亜子も見るー」
いつから聞いていたのか。真っ赤にしてのぼせたような顔をした亜子まで、明崇の持つPCの画面を覗き込もうとする。彼女もまた、明崇には直視しづらい服装をしている。
明崇は二つ折りのPC、その画面を閉じた。
「ちょっと」
「いや……本当にマズいって」
こればっかりは。しかし――
「明、今回の事は……、できるだけ真夜達にも協力させてあげてくれ」
なんと伽耶奈が、らしくないほど真剣な表情で明崇に懇願してきた。
「伽耶奈……、自分が何言ってるか本当に分かってるのか」
明崇は体ごと伽耶奈に向け、その意味を問う。
真夜達は明崇とは、違うのだ。進んでこんな事に巻き込まれることはない。出来ることなら明崇は彼女たちを、こういった事から遠ざけたいと思っている。
――もし、何かあったら。
「別に何も、明崇が何をしているか伝えるだけじゃないか。彼女たちを巻き込むわけじゃないよ」
――じゃないと彼女達も不安なんだ。
「その気持ちを、汲んであげてくれ」
伽耶奈は賢しく、明崇以上に明崇を知っている。そんな貴重な存在の言葉を、無碍にはできず。
渋々ではあったが、話を聞くだけならと、明崇は了承した。