夕食の席で/三位明崇
シャワーから上がると、もう早めの夕食の準備ができているようだった。亜子の母親、芽衣子さんがいそいそと、大皿の料理を運ぶのが見える。他人の家。少しばかり緊張しながら、明崇はリビングで箸やスプーンをついでに並べる彼女に声をかけた。
「あの……手伝いましょうか」
「あらぁ、ありがとね。でもいいの。これで、最後だから……。もう最近は賑やかでうれしいわぁ」
そう言えば、他の四人はどうしたのだろう。
「真夜ちゃんと伽耶奈さんは亜子とお料理作ってくれてるわよ」
目をやるとリビングの奥、三人で仲良さげに食器をかちゃかちゃ言わせている。
「剛はまた部屋にこもりっぱなしかしら。あの子未だに何やってるか、よく分かんないのよね」
じゃあ、この音、それとも声?は、いったい……。
先ほどから時々、叫び声の様な声が一階の奥の部屋から聞こえる。
「あれは、剛じゃないんですか」
「あー、あれはツトムさん……夫なの」
旦那さん?あの……
つい先ほどの、寝起きの衝撃がフラッシュバックする。
「あの人出張ばかりで帰らない人なんだけど。帰ったら帰ったで競馬ばっかりなのよね」
競馬?
疑問に思ったその時、部屋の奥でヤッター、ヨッシャーとか、分かりやすい歓喜の雄叫びが聞こえた。
ああ、なるほど。確かにその声からは、刹那的な歓喜が感じ取れる気がした。
「ごめんなさいね?騒がしくて」
「い、いいえ」
むしろ、明崇はこの喧噪を、気づけば羨んでしまっていた。
「いただきまーす」
「……い、いただきます」
一斉にと言うよりは各々が、バラバラに手を合わせて夕食になった。
夕食の催促で階下に降りてきた剛と、一階の奥から姿を現した登田父。その二人と同じ側、テーブルをキッチンから見て奥側に、明崇を含めた男子メンバーは腰掛けていた。
目の前には真夜、伽耶奈、そして芽衣子さん。そしてなぜかどちら側でもないテーブルの端、いわゆる誕生日席に亜子が座っている。
「ねぇ、ママってば。これはおかしいんじゃねぇの」
食べる前に言葉を発したのは登田父、もとい登田勉だった。
「ママって……客人の前だぞ親父。もうちょっと、何かあるだろ」
剛がポツリと文句を言ったが、当の父親本人は気にせず不満顔。
隣に座る勉をちらりと見れば、彼は自分のごはん茶碗を悲しげに見つめていた。
「なんかさぁ……明らかにご飯の量少ないじゃん、ねぇ、アキ君も思うっしょ?ほら、見て。思うよねェ」
突然、隣の明崇に同意を求める。その茶碗を見やれば確かにどうにも、盛り付けられているそれの量は少な過ぎる気がする。
「えっと、まぁ……そうかもしれないです」
「ママぁ、どゆことなのさぁ」
「知らないです。たまにしか帰ってこないで、それなのに帰ってきてもまた競馬ばっかり……。そんな人にはそれくらいで十分よ」
「へっ、いいもんね。なぁアキ君、少しもらえない?」
そう、勉の茶碗のそれに対して、明崇の茶碗にはこんもりと、茶碗の縁を超えるほどのごはんが山を作っている。
「ええ、いいですよ」
そもそも、お邪魔している立場なわけですし。
「へへっ、やりぃ」
「駄目ッ」
芽衣子さんが鋭く怒鳴った。一瞬で、食卓が沈黙する。彼女が食事を中断し箸を置く、その音すら響く沈黙だ。
それよりも、何か……
――どこかで見たような怒り方だ。
「貴方……、みっともないと思わないんですか?アキ君は丸三日以上、まともなモノを口にしていないと聞いています」
コンビニ弁当がまともじゃないとすればそうなのかも知れないが、この言い方だと明崇が、丸三日以上食べ物自体を口にしていないように聞こえる。
――ていうかそれ、誰が言ったんだ……。
「貴方は贅沢しすぎです。最近はお腹も出てきたんですから少しくらい運動もしてください」
「は、はい……」
そうだ、思い出した。登田母の突発的な鋭い怒り方は、娘の亜子のそれととてもよく似ている。いやこの場合、亜子の方が似たと言うべきか。
「ご、ごめんねアキ君。ほ、ほらミニハンバーグあげる……」
そんなわけないのに、本当に丸三日何も食べていないと勘違いしたのか、勉は自分の皿の料理を今度は押し付けようとする。
「い、いえ、そんな」
「そうです。それくらいしてください」
――いや、申し訳ないですって流石に。
「でも、明崇。本当にお腹は空いてるんでしょう?」
向かいの真夜が心配そうに目を向けてきた。
「確かに……前より頬こけてるよな」
剛が言うならそうなのかもしれない。でも、そんなに?
「あげるッ」
先ほどまでぱくぱくと勢いよく食事をかっ込んでいた亜子まで、自分の皿に盛りつけた料理を、明崇に差し出す。
「あらぁ、ほら。いつもは家族にご飯を譲ろうとしない亜子までこうなんですよ?貴方も少しは娘を見習って下さい」
「うん、ごめん。悪かったよママ……」
「謝る相手が違います」
「ご、ごめん、許してくれアキ君ッ」
「え、えと……いやそんな」
いや、それは本当に、俺に謝るのも何か違うと思うんですけど。