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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第三章 嗤魔群・ラフィンレギオン
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UNKNOWN-5

もう本当、マジで最悪。

あの野郎、なんで、なんであんな。

尻尾、だろうか。あれに貫かれて思った。


し、死ぬ、このままじゃ死ぬ――


恐らく死を覚悟したのは、いくら僕でも人生で初めてだったと思う。喧嘩に負けた事くらいはそれはあるけれど、でも殺されそうになるなんて。本当に理不尽だ。


――僕はただ、久しぶりに食事を……。


ああ、駄目だ。やっぱり僕、死ぬのかもしれない。

ガタガタと、車内は時々揺れる。それがもう、痛いったらない。

僕は瀕死のまま、『彼』になんとか救われたのか、車に乗せられて移動していた。本当はどこに向かっているのか、それがすごく聞きたかったけど、とてもこの体じゃ無理だった。


「着いたぞ」


また少しして、彼が言った。死にかけなのに意外にも、僕の耳ははっきりと、彼の発言を聞き取ることができた。

「降りろよ。……って無理だよな」


そうだよ、無理だよ。だから何とかしろ。


「ま、いいや。肩ぐらい持ってやる。立てるな?」

おいマジふざけんな。担架くらい持って来いって。

それでも結局、立たされる羽目になる。

「う、うぇ」

痛みの前に、酷く体がぐらつく。内臓の収まりが悪いのだろうか。


車を降りればそこは、それはそれは立派な日本家屋の前だった。

その前で、女が数人、たむろしている。そして真ん中に男が一人。

佐伯だ。

組長、佐伯和義。そしてその横に……


「あ……、あっ、あき」


僕の姿を見たからか、数人の女が、悲鳴を上げ始めた。


僕はアキラを見ていた。彼女はいつかとは対照的に黒いパーティ用ドレスのような物を身に付けている。その表情が僕を見て、驚きの色に染まる。

佐伯が何事か言って、それを聞いて彼女がほほ笑む、そして。


「いッ、イギィィッ」


鮮血が、舞った。アキラが先ほどから騒いでいる女、その女の頸動脈を、素早く掻き切ったのだ。

「うひッ、ひぃっ」

アキラの細い腕がその女の肩を捉える。しかしその手つきは、動かないように押さえつけ、獲物を捕らえようとしていると言うよりは、まるでキスする前の相手を愛おしむようなそれに見える。

「あ……、え」

なのに女はアキラに肩に手を置かれて、動かなくなった。いや、そう見えたのはほんの一瞬だったのかもしれない。


――多分、アキラにはそれで十分だ。


アキラが彼女の肩に置いた手、それを前かがみになり勢いをつけて、素早く、スッ、と。

――両腕を交差するように、横に薙いだ。

今度は、先ほどとは比べものにならないくらいの血が、舞って、溢れて、流れ出した。


周囲は水を打った様に、静かになっていた。


アキラが女の首を掲げ、僕に近寄った。

彼女はこんな最悪な日でも、とても綺麗だった。


黒いドレスに彩られる淫靡な体のライン、顔にかかる柔らかそうな黒髪。でもその細い腕には、血まみれの頭部を抱いている。

「ミツル、食べて?」

ああ、やっぱりアキラ。君は、君は僕の……。

女神だよ。


アキラに差し出されたそれを一口、ほんの一口含むだけで、全身の細胞がうねるようだった。脳漿の一滴すら惜しい。最後はアキラの白く細い手、それをしゃぶるようにしてまで、僕は食事を続けた。


でも一人分じゃ、足りるはずも無い。


極限の飢餓で蓄積された僕の食欲衝動は流石の限界に達した。その場で僕は手当たり次第、女を喰らうために殺戮を繰り返し続けた。


「いやッ、やァッ」

そんな女の死に際の声も、僕には男に媚びる嬌声に聞こえた。もっとむごたらしく殺して、もっと私を食べてと、そう言っているように聞こえるのだ。


――心配、しなくていいよ。


そう言えば僕は今までこれでも、食べ(ニンゲン)には最大限、敬意を払っていた方だと思う。人の頭がい骨、その中身の味を覚える前だと、いただきますを言うのを忘れて、よく母親に怒られたものだ。


でも今は違う。


食事の前には、精一杯手を合わせてあげる。箸を使わずに、両手で食べるのはいささか野蛮ではあるけれど、それは仕方無い。

一人、また一人と。洗い物が嵩む様に辺りは一面正に血の海という様相を呈するようになってきていた。


そこまで食い散らかすと、流石に満腹感があった。精神的な余裕も相まってか、心地よい眠気を覚え始める。

何だろう。誰かの話声が聞こえる。

――アイツ、本当変わってねェよ。手加減なしっての。

――そう……、変わらないのね。あの子。

『彼』の声だ。どうやらアキラと、何か話しているようだった。


眠気が、強くなる。断片しか、聞き取れない。


「四年前……恨んじゃ……やよ?」

アキラの声。

「もう、死ぬのは……こりごりだからな」

「……?」

彼の発言の意味するところを理解しようとする気力さえ。


もう僕には、残っていなかった。


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