合同捜査会議終了/藤堂浩人
会議が、終了した。
浩人と璃砂が割り当てられたのは戸塚署が受け持っていた識鑑。いわば初動捜査の出涸らし。
――俺達には何も、させないつもりか。
他の捜査員も似たようなものだった。多野主任ですら満足いく捜査範囲を割り当てられたとは言えない。
浩人は決意を固めた。
「藤堂さん……?どこ行くんですかっ」
璃砂の制止を振り切る。そして上座から席を立ち、悠々と歩き出す、その背に。
「待って、ください」
声を、かけた。
振り返る、眼鏡越しに覗く猛禽類のような目つき。こうやって対面してみるとやはりこの男。
――纏っている空気が、違う。
本部係長となると階級は最低でも警部。キャリアでこの年なら間違いなくそれ以上。
浩人では関わることなどないであろう殿上人だ。警察組織は徹底した階級主義。
発言次第では、浩人の今後に関わることもあるのだろう。
でも……、黙っていられない――。
「こんなこと許されると、本当にそう、お思いですか」
会議室が沈黙した。
「こっちの情報持って行くだけ持って行って、こんな、三島班のネタにトビアゲみたいな真似までして……」
口について出たトビアゲと言うのは、『トンビに油揚げをさらわれる』の略のようなものだ。
多分言ったところで相手に、意味は通じていないだろう。
それくらい浩人は、感情的になっていた。
彼は何も言わない。こちらを正に睥睨するように見、そして。
その口の端が、ニヤリと上がった。
心底バカにしたような、それともそのバカを憐れむような、そんな目だ。
何だ、それは。何のつもりだ。何か俺が、おかしなことを言ったか。それとも何だ。
――相手をする気にも、ならないってか。
プツリと。浩人の中の何かが切れた。しかしその時――。
「あんたバカかよッ」
誰かが怒鳴り、駆け寄り、そのままガシっと浩人の二の腕を掴んだ。
汽嶋……?
多野班所属の巡査、汽嶋太牙が、浩人を羽交い絞めにしていた。
「ちょっとこっち来いッ」
引きずられる。汽嶋は、こんなに筋力があったのか。機動隊上がりの浩人が、抵抗できない。それともなんだろう。力が入らない。柔道とか何か武道の類だろうか。ふわりとからめ捕られて身動きが取れないのだ。
苦し紛れに浩人が睨むと。
あの男は浩人に向かって最後まで、あの小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。
挙句、浩人は汽嶋によって、大会議室から引っ張り出されてしまった。
「藤堂浩人ッ」
大会議室外の廊下。浩人はなぜか、激昂した汽嶋に怒鳴られていた。
「何だ」
「あんた……何してくれてんだッ。アイツは格上だぞッ。意見する奴があるか」
汽嶋に対して格上なのは俺もだろう。今のお前のそれは意見ではないのか、という当然の疑問が思い浮かんだが、止めた。何か他に意図がありそうだ。
「あれは……、沖和正は、危険だ。本当近づくのは止めておけ」
――アンタまた、死ぬ羽目になるぞ。
「なッ」
昨日の事を、知っているかのような口ぶりだ。あれ以来気を付けているつもりだったが。
――また、盗聴かれてたか……
「いいか。これは俺の奥底にある良心、親切心の表れだと思ってありがたく聞け。アイツがあんな発言して、どうして誰も意見しなかったと思う?」
さぁ、何故だろう。
「脅されてんだよ。タヌキジジイの館山も、色ボケた仁科の野郎も、来栖一課長も、全員抱き込まれてんだ。弱み握られてんだよ」
来栖一課長の悪口だけは、思いつかなかったようだ。
「……お前、本気で言ってるのか」
にわかには信じられないが。
そこで「はぁ……」とわざとらしく、汽嶋はため息を吐く。
「三島警部補」
「は?」
「あのババア、あんなことされて普通黙っていると思うか?在庁時代に上司の主任警部補を躊躇いなく殴った女だぞ」
ババアと言うのは、失礼だろう。
「脅されるようなネタも無いハズだ。なのに今回なぜああなったか。脅しのネタはただ一つだ」
――三島警部補、ガキがいるんだとよ。
確かに彼女は、バツイチ子持ちとは聞いていたが。
「もう高校生になる娘だ。つまり……そういうことだよ。そういう男だってこった」
娘さんを言外に、人質に取ったということか。
「やり方はいくらでもある。秘撮、秘聴……。あの男、公安の外事一課にも居た経験があるからな」
「そうか、公安……」
おい、待てよ。
「お前、何でそんなあの、沖とか言うのに詳しい」
「ああ!?」
「お前、外事二課だろ」
しかも汽嶋は、外事一課に“いた”という風に表現した。公安部配属になると所属部署は当然秘匿される。書面上の経歴は適当な所轄警察署として記載されるなど、虚偽の扱いになるはずだ。
実際浩人が汽嶋の職歴を知っているのも、ふとした偶然に過ぎない。
「なんで以前の、所属部署を知ってる」
「チッ」
分かりやすく舌打ちをして見せる、汽嶋。目に見えて機嫌が悪そうだ。
「最後の警告だ」
――今回の帳場で、騒ぐな。
その一言を最後に、汽嶋は浩人の胸倉を離し、去って行った。