生骸への鬼胎/門田璃砂
俺、生きてるんだな、と。
彼は今日、何度もそう言った。やはり彼も不安、だったのだろうか。
あの場から逃げ出せたのは奇跡だった。錯乱したあの……学生服の少年に、誰かが声をかけたようだった。丁度二人のいる、反対側。それで、浩人と璃砂はあの場からの脱出に成功した。途中、背中にあの凶暴な尾が刺さらんとする恐ろしい想像をしていたが、なんとか、あの暗い路地裏から逃げ出すことに成功した。
この神楽坂の自宅までは、タクシーで来た。流石にあれだけの血痕だ。電車に乗って、わざわざ騒ぎを起こしたくないと言うのは、浩人も璃砂も意見は一致していた。
彼の自宅は品川だという。それでは遠いし、流石に今の状態の彼を一人にしておけるほど、璃砂は非情な人間では無かった。
彼は風呂から上がってすぐ、璃砂のベッドで、既に寝入ってしまっている。
彼には、折を見て話すつもりでいるが。
――注射の事。
璃砂には、彼が今までとは、違う何かになってしまったのではないかという不安がどうしても拭えなかった。
あの、少年。
人ならざる姿で大地に伏せて錯乱し、叫ぶあの姿。
その少年がああなる前に、手渡したものだ。
浩人も、あんな風に――。
「……ダメ」
そう。駄目だ。やめにしよう。今日は、今のところは、彼に変なところは無い、と思う。
――思いたい。
彼に寄り添って寝る、なんて。大胆な事は出来るわけも無く。
自宅なのになぜかそわそわとしながら、璃砂はリビングのソファに体をうずめた。