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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第二章 紫夜叉・ヴァイオレットデヴィル
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仲直りと微睡落/三位明崇

混沌とした悪夢に、唐突な終わりが訪れた。明崇はその微睡の中、嗅ぎなれた懐かしい、血の繋がらない姉の匂いを嗅いだ。


そうか俺はまた……伽耶奈に助けられたのか。そう思い、彼女の胸から顔を出した。

しかし顔を上げるとそこには。

伽耶奈だけじゃなかった。亜子と剛、そして一番手前に、真夜。

「明崇」

にこっ、と。晴れやかな笑みで彼女は笑いかけてきた。しかし明崇は知っている。


――アレは本当に、キレてる時の顔だ。


昔からそう。本気で明崇に対して怒っている、もしくは苛立っている時、決まって見せたあの笑顔。

だから、逃げ出してしまったのだ。しかし抑制薬特有の、痺れるような感覚が奔ってすぐに体の自由は効かなくなった。情けないことに、駆け上がった屋上から一歩、動くにもやっとという有様だ。

思い返せばそれはもう、怒られる内容に心当たりはあった。


――今日中にメールしてね。後電話もすること。


あれからもう、本当に何日経っているのだろうか。

明崇の場合、鬼人化が進行するにつれて、何かを思い出す、と言うのは徐々にできなくなってくる。高次な思考が、だんだんと難しくなってしまうのだ。


でも。だから忘れたなんて、真夜には口が裂けても言えない。


カン、カン、カン、と。複数の、階段を駆け上がる足音が聞こえてくる。明崇は立ち上がり、逃げるように、屋上の隅へと歩き出す。

けど勿論。逃げられるはずもない。

後ろに視線を感じ、恐る恐る、振り返った。

紛れもない、四人がそこにいる。


最初言葉を発したのは、亜子だった。


なぜか、なぜだか彼女は……エプロン姿。

「アキ君……逃げるの得意だね」

どうにか返そうにも喉が掠れて、上手く声がでない。

「あ、ああ」

彼女らしい言葉の中に、分かりやすく優しい怒りが、混じっている。

「でも、逃がさないからね。卑怯だもん。そんなの」

「卑、怯……?」


よく、分からない。


「卑怯だよッ!」

亜子の小柄な体が、逆立ったように見えた。正直、びっくりした。

「アキ君とは……、友達になれて嬉しかったよ。本当だよ!?なのに……なんで友達なのに、そんな逃げるような事、するの」

彼女の激情が、いやおうも無く明崇の胸を揺さぶる。その強い感情の奔流が、明崇の心臓に無理矢理流し込まされていくようだ。


「アキ君は私の事、助けてくれたよね。それは私が、友達だからじゃないの。なのに私がアキ君にお礼をしようとしたら、それが何でダメなの。なんでどこかに行っちゃったの?あんなに苦しそうにして……、亜子言ったよね、何でもするよ?だから私にもアキ君のこと……助けさせてよ」


――それとも私はアキ君の、友達にはなれないの。


亜子のふらついた肩を、真夜が抱いた。

「俺からも……一ついいか」

剛だった。そういえば彼は何でここにいるのだろう。

「明崇にはさ。まぁ、亜子を無事に家に帰してくれたってのが、本当になんてお礼言えばいいか……」


――だけどそういうやり方って、変だ。


「やりようによっては明崇、お前のは、自分から押し付けるだけ押し付けて、そして逃げてる。なんかうまく言えないけど、そんな感じする」

亜子が袖を目元に当てながら、ぶんぶんと首を縦に振る。そのオーバーな仕草が懐かしい。

「頼むから、亜子に、ていうかそれより先に真夜と伽耶奈さんにも、気を配ってやれよ」


もう、返す言葉もない。もし言い返せるとしても、その言葉が思い浮かぶのは後になってしまうだろう。


そこで今まで、ただ立っているだけだった真夜が、動き出した。

「ッ……」


――怖い。すごく、怖い。明崇は思わず後ずさった。


真夜の目には、純粋な怒りが見て取れる。こんなに怒らせてしまったのは初めてかもしれない。そんなどうでもいい事を考えてしまう。

つかつかと、彼女は近寄り。


――パシィン。


平手打ちの衝撃、それにコンマ一秒遅れて、肩に柔らかい黒髪の重み。

真夜の小さな頭が、肩からずれ落ちて、明崇の胸に預けられていた。

「ば、バカかぁッ、この、このぉ」

泣いている。彼女が泣いているのを見るのは、流石に初めてだ。

そして泣かせたのは。

――俺なんだな。それくらいは分かった。


とす、とす、とす、と。

彼女の小さな拳が、明崇の胸を優しく叩く。

その拳が胸に触れるたびに、じわじわとそこが熱くなる。

「し、しんぱいしたっ、心配したよぉっ」

叩かれるたびに、暖かくて、でも奥底は痛くて。

そこになって俺はようやく理屈抜きに、バカな事をしたと、そう思った。

「……ごめん」

無意識に、真夜の細い胴に手を回していた。まだ意識が、少し朦朧としていたのかもしれない。

「あっ」

真夜が耳元で、明崇が今までに聞いたことのないような、この距離じゃないと聞こえないような、それくらい小さな声を漏らした。


視界の端で、伽耶奈は何かかっこつけているつもりなのか、ずっと壁に肩を預け、ニヤニヤと薄気味悪い笑顔で、こちらを見ている。

「よぉしっ、お兄ちゃん私達も行くよっ」

「おま、ばか。だからそこは空気読めよ」

とすん、と。そこにまた、二人分の重みが加わった。真夜の顔が近い。

「ま、待って、私もッ!」

一人にしないでとばかりに、今度は回り込んで後ろから。これで四人目。

ああ、眠い……。四人分の体温に包まれて、それが体から、抵抗する気力を奪っていく。


眠気を感じたのはいつ振りだろうか。


明崇は心底安心して、その心地いい眠りの中に身を投げた。


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