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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第二章 紫夜叉・ヴァイオレットデヴィル
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ヴァイオレント・ヴァイオレット/門田璃砂

「よ、良かったっ、本当……」

璃砂は奇跡的にもその目を開けた、浩人の体に身を預けた。

「な、何。何だこれ。おい」

本当に信じられない。彼の反応を見る限り、腹部の傷もどうやら閉じているようだ。


最初注射してから数分、効果が現れたと気付いたのは、まずその表情だった。

薄暗い街灯に照らされた、蒼白だった彼の顔が、徐々に赤みを取り戻していったのだ。


その後は早かった。


胸から、力強い拍動が聞こえてきた。脈もすぐに取戻し、正に息を吹き返したと言うにふさわしい状況だった。

「い、いい痛みとか、無いんですか」

「無い……、えッ」

彼も何で自分自身の胸が赤く、じっとりと濡れているのか。その意味を悟ったようだ。


「俺、変な夢でも……」


そう思う気持ちは分かる。でも、あれは本当に、目の前で起きたことなのだ。

あの、宙から突然現れ、薬を手渡してくれた男。あの男はどうしているのか。

周囲に、気を配らす。

そこで、璃砂は気付いた。あれだけうるさかった衝撃音が聞こえてこない。

その代わりに――


ブツブツと、呟きのようなものが聞こえる。何か一人ごちているのか、それとも電話越しに会話をしているのか、そんな声だ。


「違う……、ち、違うって……。そうじゃ、ない。そうじゃ……」


あの男か。誰かが、先ほどよりも少し離れた、三メートル先くらいだろうか。

アスファルトの地面に、膝を、ついている。

「無いィッ」

「!?」

叫び声と共に、ガァンと、何か大地を穿つ、大きな衝撃音が突如として響く。

何だろう。その男の背後で何か、蠢いている。地面をがりがりと削る音。


浩人も璃砂も、何も言わずに立ち尽くしていた。


「あぁ、はぁ」

息も荒く、地面に伏すその姿が、雲が晴れたか月光に照らされる。


彼は酷く薄汚れた、ブレザーの学生服のようなものを着ていた。見た目も若い。年の頃はちょうど十代半ばに差し掛かるくらいだろう。今更だが確かにあの時の声も、若いそれであったように思える。


そして背後で蠢くそれは……


その腰から伸びる……なんと尻尾だ。紫色に、てらてらと光る、大の大人さえも巻き付け、絞め殺してしまえそうな、巨大な尻尾。

そこで一層、月光の光が強くなる。

彼が立ち上がり、おもむろに空を仰ぎ。


その顔が見えた。


少し長めの髪が顔にかかる、顔立ちは遠目で見たところ、子供らしい、純朴そうなそれではあった。

しかし漂う雰囲気は、非常に不気味だ。


その頬は、紫色の鱗で覆われている。よく見ると手も。爪が長く伸び、まるで巨大なトカゲの様だ。眼もなぜか紫色に、らんらんと光っている。

深い海の底から覗いた様な、暗い二つの輝き。それが、こちらを、見た。

「おま……、ら」

まともじゃない。そんな声と表情だ。静かな声音でありながら、それはなぜか、はっきりこちらに響き、二人の耳に届く。


「そこで、何し……。お、オマエら、やった、か……」


――そこで、何をしている。お前らが、やったのか。

そう、言っているのだろうか。

状況に対して意味が通らない。どうも先ほど助けてくれた時に比べて、正気ではない。それは確かなようだ。


「まっ……か」


真っ赤?

次は頭を抱え込む、彼が右手に握っていたのか、金属の棒のようなものがぽろっと落ちる。

カランッと金属音。そして――

「キャアッ」

「ッ」

ガン、ガン、ガン、と。

彼のその“尻尾”が、ぐわんぐわんと縦横無尽に暴れだす。ビルの外壁を削り、アスファルトを穿り返し、彼はそれでも尚、暴走を止めない。


「真っ赤ッ……。全部真っ赤だッ。いやだもう見たくないッ」


叫んでいる。バチバチとその体表で輝いているのは、静電気……?

「殺してやる。代わりに俺が……、お、おお俺がお前らを、真っ赤にしてやる」

はっきりと言葉を発し、再びこちらに目を向ける。


悪魔の形相だ。


浩人が璃砂に覆いかぶさり、視界を遮った。彼の濃い血の匂いに交じり、かすかに懐かしい、最近隣にずっと感じた匂いが鼻腔をくすぐる。

死ぬのか。あの尻尾に薙ぎ払われるか、それとも貫かれるのか。

――かと思えば。


「そうじゃ、ないって、言ってるだろォッ」


再び上がった叫び声に、恐る恐る顔を挙げると。

彼は今度は地面に頭と尻尾、両方を打ち付け、地に伏せている。

何かを堪えるように、それとも怖がるかのように。

彼が体を震わせるのを、浩人と璃砂は、ただただ眺めていることしかできなかった。


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