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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第一章 鮮血街・ブラッディシティ
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猫目のキャリア/藤堂浩人


昼前にもなると捜査官が一塊になり集合し始める。これから行うのは単純な聞き込み、その担当地区の割り振りだ。この地割りと呼ばれる捜査範囲の割り振りで、自分が現場周辺の、どのあたりで聞き込みをするかが決まるというわけだ。


「集合ッ、ほら整列早くするッ」


声を張り上げ、まるで高校教師さながらにこの場を取り仕切るは多野航(たのわたる)。捜査一課八係の警部補にして浩人の直属の上司にあたる。柔和そうな顔つきをしているが、今は厳しい表情を浮かべている。


「それでは地取りの担当地区を振り分ける」


この場にいる捜査員は三種類に大別される。浩人、倉持のような捜査一課、つまり本店に属する捜査員、そして主に刑事事件の初動捜査を担当する機動捜査隊、最後に所轄の強硬班所属、つまり支店の捜査員達。


そして聞き込みを含めた捜査全般において重要な点。それはよく知られている通り、刑事捜査は二人一組、つまりペアとなって行うということだ。今回は捜査一課が三人、機動捜査隊が五人、そして所轄が十人である。機動捜査隊、通称『機捜』は初動捜査にしか関わらないため、長期間の捜査を行う捜査一課の捜査員と組むことはあまりない。つまり通例だと浩人が組むのは所轄の、この場合は野方署の捜査員ということになる。すると隣、所轄の捜査員の列が騒がしい。よく見るとわざわざ列を互いに組み替えていた。


そんなに組みたい奴がいるのか、それとも組んだのがそんなに嫌な奴だったのか。


すると、浩人の隣に来たのは。

「よろしくお願いします。藤堂巡査部長」

あの、ネコ眼の若い女だった。まだ少し気分が悪そうだ。

「とりあえず、名刺でも」

「あ、ああ」

周囲を見渡すと名刺を交換したり、中にはもう割り振りを告げられ、担当区域へと足を運ぶ捜査員もちらほらいるようだ。


受け取った名刺には門田璃砂(かどたりさ)警部補、とある……。警部補!?

階級は藤堂より一つ上だ。ハっとしてその、門田の顔を見る。


「あぁー、良いっすね藤堂さん。璃砂ちゃんと組めるなんて」

倉持だ。彼も引きつれている捜査員は女性。今となっても女性の捜査員は中々珍しいものである。野方署強硬班、本当に大丈夫だろうか。


ぺこり、と倉持の相方が頭を下げてくる。


「藤堂さん、こいつトキタ。トキタアカリ巡査。俺の入庁同期」

どうも、と名刺を差し出してくる。時田朱里、か。

となると、朝の電話のトキタとはそいつか。

「もぉ、健人クン。もうちょっとちゃんと紹介して」

「なんだっけ、ファンなんでしょ。藤堂さんの」

「本人目の前にしてそれ言う!?」

なるほど、警察学校からの入庁同期か。これほど仲が良いのも頷ける。


浩人にも、入庁同期の仲間は多い。女っ気のない浩人でも一人だけ、女性の警察職員の知り合いには心当たりがある。


まぁ、この二人ほどに親しくは無かったが。


すると、浩人達の割り振りも決まったのか、多野と共に捜査一課八係係長、館山喜兵衛(たてやまきへえ)が歩み寄ってきた。

「藤堂、四区。30の……12から20」

「了解」

「了解です」

担当地区も決まったのでここに留まる理由もない。門田を連れ、割り振られた早稲田通り沿いの方面に、浩人は足を運ばせた。



若い女と連れだって歩く。しかし本当に、色気も何もあったものではない空気である。


門田璃砂、警部補。この年でということはやはりキャリアなのだろう。


キャリアとはつまり、国家公務員試験Ⅰ種をパスした警察職員の総称だ。


警察組織は徹底した階級制度で、キャリアであることはその階級という面で非常に有利な立場にある。警察庁職員の階級は巡査から始まり巡査部長、警部補、警部、警視、警視正、警視長、警視監、警視総監の順に、単純に言ってしまうと“偉く”なるのだ。


通常の交番勤務からスタートすれば階級は巡査。ここから巡査部長、警部補へと昇進するとなると昇進試験なども受験しパスする必要があり、日夜捜査に励む一警官となるとそれだけでも大きな負担になる。

その点において、キャリアは配属時の階級が最初から警部補。


つまりとてつもなく、エラい。


将来の警察官僚の卵、というわけだ。

しかしこの門田に関しては疑問点が多々ある。なぜ、この事件の捜査に参加したのか。


Ⅰ種試験をパスしたキャリア候補生は一度所轄に配属され、そこで一通りの部署を見て回り、言い方は悪いが下々の平警官の働きを観察して、その後に警視庁本部へと正式な配属になる。実際のところ“様々な部署を職場見学をする期間”にある門田に、捜査に参加する必要性ははっきり言って皆無である。


中野サンプラザの裏手、中野サンモールに沿った通りで信号が青になるのを待っていると、門田がその小さな口を開いた。

「その、さっきはごめんなさい藤堂巡査部長」

何の話だ。

「捜査の邪魔をしてしまいました」

まさかついさっき、遺体前での一件を言っているのだろうか。あんなものを捜査とは言わない。

「そんなのは気にしなくていい」

「そう……ですか」

沈黙。心地よいそれではない。見知らぬ女と二人きりというのは存外堪えるものだ。

「あんた、キャリアなんだろ」

「まぁ、その俗に言う、ええ」


顔を伏せるな。そうだというなら堂々としていろ。


「なんで捜査に参加している。適当に部署を回してもらえるだろう」

それこそ交通課でのんびり茶をすすることだってできたはずだ。

「私は肌で感じたいんです」

何をだ。管理する駒の働く様をか。

「あなた達の考え方を、です」

はぁ?

「捜査にどうやってアプローチするのか、イレギュラーにどう対処するのか。それを個人レベルで感じたいんです。特に貴方のような優秀な警察官の、それを」

一気にまくしたてると恥ずかしくなったのか、伏し目がちにこちらをちらりと見てくる。

「とりあえず、捜査の邪魔だけはするなよ」


どうも、やはり女相手というのはやりにくい。それが浩人の、門田璃砂に対する第一印象だった。



警察官の聞き込みは、先ほどの地割り、つまり担当区域の振り分けがなされるため、場所によっては現場から遠のきハズレくじ、という場合が多い。その点捜査一課の捜査員は機動捜査隊に比べて現場に近い区域を担当することができる。この点は大きな強みだ。


門田を連れながら浩人は、現場を見渡せる大通周辺に位置する飲食店などが複合したビル、その関係者に聞き込みをして回っていた。現場周辺は深夜でも案外街灯のために明るく、深夜営業する店も多いため、証言はそこそこだと思っていたのだが。


五件目にして全く有力な情報はない。まぁ聞き込みとは、概してそんなものである。


「いやぁ……そんなわかんなかったっすね」

複合施設になっている商業ビル。その三階。ちょうど街灯に照らされた現場は十分見える位置にある。この店のオーナーは三時過ぎ以降、会計をしながら時たま窓際でタバコを吸うという。眺めた景観の良さから、犯行時刻周辺の公園を見ているのでは、と思ったのだが。


「いつもは目が向くんですけどね、どうしてでしょ」


どうにも、眺めていたにも関わらず、現場の公園脇の通りの印象を覚えてないという。

名刺を渡した後、何か思い出したら連絡してくださいと二人して念を押し、階段を下りる。

「変ですね。普段は眺めてるって言ってましたし」

そうでもないだろ。

「人間の一時の印象なんて往々にして薄いもんだ。気にならなくても仕方無いさ」


門田は二人での聞き込みに慣れたのか、浩人とそれなりに、相方らしい会話をするようになっていた。実際、門田が浩人の聞き漏らしたと感じたことをフォローする場面もあり、案外頼りになると感じていた。


そのことを考慮し門田の意見を考え直してみる。


確かに変かもしれない。ここら一体はネオン街だが、犯行時刻周辺はさすがにそれによる照度は落ちると二件目に聞き込みをした喫茶店の店長は断言していた。意外にも深夜帯に外に出ると暗く、案外不便だとぼやいていたので事実なのだろう。つまり、いわばスポットライトが局所的にあたるあの公園は深夜ともなると特に目立つはずだ。それが目に入らないのは確かにおかしい。だが、ただ一人の証言について深々と考え込む必要もないと判断し、結局思考を手放し再び外に出た。


気が付けば昼も一時半を回っている。ここらは会社員が多く、真昼間の飲食店はそれは混んでいたことだろう。


丁度、遅い昼飯にはいい頃合いだと思う。

「飯にするか」

「そうしましょう藤堂巡査部長」

余程お腹が空いていたのか、食い気味に返事が返ってきた。それよりも、その堅苦しい呼び方は止めて欲しい。俺も門田警部補とでも呼べばいいのだろうか。


といっても何にしよう。悩みかけたその時だった。多野主任からの電話。メールでないとはまた珍しい。

「はい藤堂」

「ああ、藤堂君。多野です」

本当にこの人は公の場を離れると部下にも低姿勢だ。「多野警部補ですか」と小声で問う門田にコクリと頷いて見せる。

「今、第一発見者のお爺ちゃんの聞き込み終わったんだけどね」


ああ、あの頭蓋を見て腰を抜かしたとか言っていた爺さんか。お年を召していらっしゃるのに気の毒なことだ。


「発見した時。街灯、点いて無かったって言うんだよ。本人が間違いないって言うからさ、藤堂君達近いでしょ?市役所行って確認してきてもらえないかな」


街灯、とはあの公園の周囲の、ということだろうか。それが本当なのだとしたら、意図せずして遺体発見が遅れたということになる。気にならなかったというのが普段点いているはずの街灯が点いていなかったということの結果であれば、先ほどの居酒屋のオーナーの言ったことは、やはり正しかったのだろうか。


「わかりました。行ってみます」

「昼食はお預けですか、藤堂巡査部長」

電話を切るとズイっと、璃砂が顔を寄せて聞いてくる。

「ああ、いったんお預けだ。門田警部補」

そう返すと門田は少ししゅん、とうなだれて見せる。意外と子供っぽいところもあるのだな、と思った。



市役所に行くと、もう多野から連絡は入っていたらしく、すぐ責任者に取り次いでもらうことができた。

「道路維持担当のマツオカと言います」


ご丁寧に名刺までくれた。


それにしても、街灯とはどのように管理されているのだろう。電源?となるスイッチやブレーカーの状態を確認する、ということなのだろうか。聞いてみると、実に分かりやすく説明してくれた。


「今回該当するものは街灯一つずつそのものにはブレーカーのようなものは一括に管理しないと手間なのでついてないんです。そのかわりそれぞれの送り配線された街灯の親玉、といった感じで複数の街灯に対して分電盤が一つだけ設置してあるんですよ」


最初のは街灯と該当をかけているのか、と柄にもなく聞きたくなってしまったが、さすがに自制した。


つまり全部の街灯を一括管理しているその分電盤を確認しに行くと、そういうことらしい。


再び公園の脇道を抜けて、今度は住宅街の中に入る。どうやらあの公園の敷地の中には周囲の街灯を一括管理するものは無いようだ。

「結構、歩きましたね……」

門田がぼやいた。昼飯もまだだからか、彼女は朝とはまた違った意味で青ざめた顔になっていた。

「心配するな、これを確認したら流石に昼にするぞ」

そういうと、ぱぁっと明るい顔をする。これが将来の警察官僚……非常に不安になる浩人だった。


「ここ、ですかね」


書類や何やらの番号と、街灯のそれを確認している。頷いた彼を見ると、どうやら間違いないようだ。

が、その死角になっていて浩人と門田からは見えない、その分電盤を確認したであろう彼の顔が驚きの色に染まる。

「どうかしましたか」

その分電盤が設置されているという街灯、それに近寄り分電盤を確認する。

――何だ……これ。


分電盤を収めていたであろう金属製の箱、それそのものが何か巨大なモノを力任せに押し込まれたように変形している。結果から言うと、


分電盤はそれと分からないほどに破壊されていた。


分電盤と思われるものはその箱の奥、柱の中にめり込んでいるのだろう。その箱の中自体がどこか小さなブラックホールのような、現実感のない風穴を開けている。


今朝の名前もついぞ聞きそびれた、鑑識主任の言葉が浩人の脳内でフラッシュバックする。

――なんかね、押しつぶされた感じなんだよね。


でも、これ。金属とコンクリだぞ。


隣で門田が息を飲む。

俺達が相手にしている事件は、本当に人間の仕業によるものなのだろうか――。


浩人はその疑問をもう一度、自分自身に問いかけた。



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