奈落/三位明崇
その時、かすかな物音とともに、かすかな塵が明崇の目の前に降りてきた。
「何だ……」
見上げるとそこに、“何か”がいた。丁度鎌鬼を磔にした真上。ビルに、張り付いている。
今度はそいつが文字通り――
明崇に向かって降ってくる。
――新手……。
神薙で受け止めたのはそいつの顔自体を覆う、巨大な角の様だった。このまま尻尾が使えないのは惜しい。どうせこいつも瀕死だ。
やむを得ない。磔にしていた尻尾を引き抜き――
「シッ」
その一撃を素早く見舞う。
一撃をまともに受け、一斗缶を蹴散らし、ガラガラと煩い音を発しながら転がる、それ。
どうだ。
――やった、か?
そいつが、こちらをギラリと見据えて――
刹那、いくつもの圧力が、ぶわりとその頭部から発せられる。
「ク、ソッ」
――こいつ、頭蓋の金剛骨を飛ばして……?
神薙で、それらを叩き斬り、尻尾を盾としても、いくつか被弾した。
ハッとして振り返る。
――瀕死だったはずの鎌鬼が、いない。
「嘘だろ」
あの状態で動けたはずがない。状況から見てあの新手は。
――鎌鬼を、助けに来たのか……?
ありえない。鬼人化した人間からは理性が刻一刻と削り取られる。制御薬も無しに仲間を救出するなんていう思考が正常に働くはずがないのだ。まして、鬼に徒党が組めるはずがない。
「畜生ッ」
バカな。しかしこうしている暇すら惜しい。逃がすわけには……
しかし既に、その気配を感じることができない。どうすれば――。
焦りと本能がないまぜになり、心中が嵐のように渦を巻く。
邪魔するヤツは、一人残らず――
「こ、殺……さなきゃ、い、けない」
遠く遠く聞こえる幼い自分の、狂気性のある、それでいて無邪気な声。それが実像を持って、今の明崇を侵食していく。
明崇は、危惧していたはずの自分自身が理性を失いかけていることに、意識をなくすその寸前まで、気付かなかった。