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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第二章 紫夜叉・ヴァイオレットデヴィル
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金剛骨/三位明崇

最初から、全力で行かせてもらう。


全身の鱗が熱を持つ。


バキィッという生木を手折る様な破裂音と共に、尾骶骨(びていこつ)がうねるのを感じる。巨大な尻尾が飛び出、ヤツを串刺しにせんと動く。

が、これは獣らしい嫌味な動きで避けられた。


そして素早く距離を詰め、発達して刃状に長く尖った、その腕を付きだしてくる。


「チッ」

これにはとりあえず、バックステップで距離を取る。そこで、ヤツを細かく観察してみた。


――前よりもその、金剛骨の、発達が……。


その体は頭部を中心に骨が発達してできた羽毛のような外殻で覆われている。それはローブの様に体、特に体の上半分を覆い隠し、腕の骨が変形した刃が特徴的だ。


こういうタイプは、鎌の鬼、鎌鬼(レンキ)と呼ばれる。悪趣味なことに、人の脳みそに美味を見出し、好んで喰らうという凶暴な種類だ。腕の長い刃から『鎌』もしくは頭蓋を器に脳みそを啜ることから『釜』の鬼と、過去の文献では記載がある。

地域によってはその獣らしい獣毛と刃から、カマイタチという妖怪と同一視されていた。



確信してはいる。こいつは過去に、明崇と因縁を持つ、その鎌鬼ではない可能性がある。

――しかし、こいつを殺せば、手がかりくらい。

鎌鬼の確認数は少ない。事実今までに確認されている、現存するであろう個体は――

過去に明崇の家族を奪った一体のみだ。


それともやはり、貴様か――?


男の刃を神薙の鍔で受け止める。

その刃が火花を散らし、互いにギリギリと唸る。


金剛骨。


人が鬼と化した証拠。骨が変質し硬化した、金属でできた強靭な骨格。

これはその『金剛』の名の通り、金属にしてダイヤモンド以上の強度を誇っている。

第十三番目の領域が発現すると、細胞全身に、全身の骨を、金剛骨に瞬時に変形させることになる。人間の骨はリン酸カルシウムを多量に含む様々な細胞気質でできており、鬼人遺伝子はそのリン酸カルシウムを含めた硬骨の構成要素を、強靭な金属錯体に変換する。


これこそ、13番遺伝子が作り出すものの正体だ。GBL受容体、通称GoBLin receptor。


発現すると細胞表面にこの錠前のようなものができ、これに特定のホルモンが作用すると、人体全ての領域の骨組織は非常に強靭になり、骨以外の組織全身にもミクロな金剛骨を発現生成し、常人とは一線を画す身体能力を発揮できるようになる。


また同時にその金剛骨が表皮から角、牙などの形で突き出す。この突き出す骨ばった突起から、死体の骸骨を連想し、骸鬼などと呼んでいたのだろう。


これが明崇がつい二年前明らかにした、鬼人化のメカニズム、その詳細だ。


金剛骨は金属。光り輝く金属光沢を放っている。鎌鬼のそれは鈍い鼠色の輝きを放ちつつ自身を覆っている。対して明崇の発現する金剛骨は趣味の悪い紫色だ。明崇が鬼人化すると紫の、正に蛇や蜥蜴(とかげ)のような爬虫類然とした鱗が、顔を含めた全身を覆い尽くす。

そしてここまで来るともう確かに――


生物学的にどうとかの前に、自分を人間だなんて思えなくなるものだ。


「シッ」

跳躍し、蹴り。避けられたところで空中で体を捻り、金剛骨の尾をぶつける。


暗がりに踊る、紫の龍尾。


これを避けられると尾はビルの外壁に突き刺さる。これを支えにし再び空中を舞う。鎌鬼の視界にはもう、明崇の姿は映っていない。

――もらった。

背後から突き刺す、しかし捉えたのは足だった。

――相も変わらず、逃げるのだけは。

(はや)い、なッ」

しかし今回はそう、手加減なしだ。


金剛骨は色によってその性質が異なる。明崇の紫金剛の性質は、その励起のしやすさにある。

金属の光沢は金属の電子がその物質表面上を巡ることによる結果だ。紫の金剛骨は励起することが容易で、電子を次々と、金剛骨表面上で蓄積できる。


つまり、即席で電気を作れるのだ。


グッと、もはやトカゲのような鱗だらけの左掌に、力を込める。

バチバチバチっと。やかましい音と共に青白く発光する、明崇の左腕。

そこで素早く、掌を叩きつける。

――これで、スタンガン程度には、なる。

「ウギィ」

背後から電流を流し込まれれば、そんな声も挙げたくなるだろう。

まして金剛骨は金属から成る組織だ。電気的な一撃は一瞬で全身を巡る。

「ハッ」

その隙に放つ。斜めに逸らしたカッターのような一撃が、ヤツの頸動脈付近を抉り取る。

――惜しい。


明崇の、他人には予測不能の剣捌き、確実にヒットが多くなっていた。肩をそぎ、切り落とし、その度に血が舞う。

そして下がろうとヤツが跳躍する。その瞬間安堵し息を吐いたのを、明崇は見逃さなかった。

金剛骨の尾で、勢いをつけ、前の回し蹴りとはいかないまでも。

最低限の動きで体を捻り、以前よりもシャープ、鋭角的な一撃を放つ。

「がッ……、ぁ」


獲ったッ――


尾の先に、ヤツの肉を感じる。今その体を、串刺しにしている。

「ゥ、ア……」

息ができないか。そうか。そうだろう苦しいだろう。だが。

――彼女達はもっと、辛かったはずだ。痛かったはずだ。


苦しかった、はずだ。


「死を持って」

逃がさないように、串に刺したまま。

「贖え」

そのまま怒りに任せ、ビルの外壁に、勢いよく尾を突き立てた。殺人鬼は無様に、コンクリに磔になった。まるで刑の執行を待つ死刑囚の様。

「ん」

抵抗のつもりか、奴が刃の付いた腕を掲げる。それを容赦なく腕丸ごと、神薙で、即座に切って捨てる。

「イギッ……」


この刀も、もちろんの事金剛骨でできている。明崇と同じ龍の鬼人、その背骨・脊柱からできた金剛杵(バジュラ)だ。そうでなければこいつの体を切り刻むことなど不可能。鬼神を薙ぐと言う意味を込めて、またその脊柱の持ち主の女性の名から、神薙(かんな)という名が付けられている。


そろそろ首を落としてやろう。


厄介なことに、全身の金剛骨は細胞内に素早く細胞骨格の架橋構造を作るため、細胞レベルで生命力を底上げさせる。細胞の再構成、復元による治癒を極限まで早めるのだ。そのため鬼人を殺そうとするなら。


全身の神経、その司令塔たる首を落とす、もしくは心臓を握りつぶし血液の循環を止めるしかない。


明崇はおもむろに、神薙を斜めの平正眼に構えた。


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