黒麗の少女/沖伽耶奈
あるでぃを出て、伽耶奈は自分が大きな可能性を除いていることに気付いた。
「あ、学校……」
そうだ。今は明崇、ちゃんと学校に行ってるんだ……。
それに同じクラスには確か、真夜がいる。
桑折真夜。明崇の数少ない、小学校以来の友人。とても頭が良く、明崇の世話を焼くのが好きな、少し変わった子だ。最後にあったのは本当に真夜が小学校の頃だが、あのころから明崇とは仲良くしてくれていた気がする。
――あの子には、私にはできないことができるんだろうな。
少しばかりにじみ出る寂寥。でも、事実だ。そしてきっと私にしかできないこともたくさんあるし、してきたという自信はある。
明崇と真夜が通う高校……、確かこのあたりだったはず。
「あった」
やけに瀟洒な作りの、高校と言うよりは大学のキャンパスのような、そんな佇まいの校舎。
道が開けるとそれが突然、伽耶奈の目の前に現れた。
伽耶奈は保護者としてここに一度、訪れたことがある。
――明崇の入学式以来、か。
まず職員室に行って担任に話を。その後真夜を探す。そういう計画だったのだが。
どうやら今、彼らの担任は学校に来ていないらしい。職員室で応対してくれた中年の女性教師はこう言っていた。
「最近は生徒だけじゃなくて先生もねェ。あ、でもトリゴエ先生なら、話聞いてくれるんじゃないかしら。今B組の面倒見てるのあの人だし……。えェ、帰っちゃったァ。ああ、お姉さんごめんなさいねェ」
「いやぁそんな。お構いなく」
まぁもとよりあまり、期待はしていなかった。
職員室を出て、真夜を探そうと、一度だけ言ったことのある、明崇が所属する1-B教室へと今伽耶奈は向かっている。
はずだったのだが。
迷った……。
うわぁ何で。一回行ったことあるはずのにどうして。何なの自分。
ドプドプと自己嫌悪に沈む。廊下にはまともに教室名が書いていないのだ。そもそもどこに書いてあるのだろう。しかも校舎の作り自体がやけに洒落ているせいか、機能的な側面がこの建物からは失われている。
この時間帯だ。通り過ぎる学生もいない。きっと真夜が下校した可能性も高いのだろう。まぁでも下校時刻までは、校門で彼女を待ってもいいのかもしれない。
そう思って校門の隅でじっとして、丁度下校時刻を知らせるものだろうか。チャイムが鳴って顔を挙げた時だった。
「あれって……」
こちらに向かって歩いてくる、その女生徒の肩まで触れるか触れないか、濡れたように光る髪が風になびく。それに煩わしそうに目を細める、その姿も、伽耶奈が知る幼い頃の延長線上にあるものと確信できた。
真夜、だよな。
当時も髪は肩にかからない程度だった気がする。お蔭ですぐ気付くことができた。
正面からまともに見ると、面影に当時の印象も際立つ。
――うわぁ、また、綺麗に……。
伽耶奈を見ても気付かないか、と思っていたらそんなことは無かった。彼女の黒真珠のような目が驚きで見開かれたのを確認して、伽耶奈は安堵し歩み寄った。