Distance with "her"/藤堂浩人
品川の自宅に向かおうとして改札をくぐる。東西線に乗るとついてくる気配があった。今回の捜査で何度も後ろに感じた気配、璃砂だ。
電車内で振り返るとガラガラの車内、しっかりこっちを見て、いそいそとこちらに寄ってくる。
「どうも」
何で直に話しかけてくれなかったのかと問うと、首を傾げてやり過ごそうとする。しかしごまかしきれないと悟ったか。
「タイミング、見失っちゃっただけです」
「そうか」
ガタゴトと地下鉄に揺られる。最近は彼女と共にいる機会が多かったためか、この風景に違和感を感じることは既になかった。
多野班の皆とは使う路線が違うのだろう。二人以外、多野班の知り合いはいない。となると。璃砂の住まいはどこらへんになるのだろう。東西線直通か、それとも乗換か。彼女はどの駅で降りるのだろうか。
「明日、お休みですね」
「ああ」
でもそんなこと聞けないだろう。璃砂だってうら若い20代。浩人からすれば突然ふと浮かんだ疑問をぶつけるには如何せん、ハードルが高い。
「お休みの日はどう過ごされるんです?何かご予定は?」
結果こうやって、先に質問をされる始末。
「別に。一日中家にいるんじゃないか」
そう。突然の休日は、所帯どころか親しい女もいないワーカホリックの浩人を、癒してはくれないのだ。
二人の会話は続かない。璃砂の質問は浩人の一言で途切れて、それが何度も繰り返される。
でも、一度でも捜査の話が出ると。
二人の会話は止まらなかった。
「ではこれからの識鑑は、どのようになさるのですか」
「そうだな」
今の話題は二人の担当した捜査についてだった。大学を主にした被害者の交友関係を継続して当たれと言うのが帳場からの指示だが。
「もう、きっと彼女は話してくれないですよね……」
「間未来、か……」
間未来。恐らく一番の情報源足りえる存在だった彼女。きっと婚約者の存在も、近しい存在である彼女になら話していただろうと予測できただけに、やはり汽嶋に先手を打たれたのは、大きな失敗だった。
「その事だけど」
「はい」
「捜査方針を、変えようと思う」
そう。これが浩人が今日の捜査会議で、ずっと考えていたことだった。
「捜査方針の、変更……?」
「ああ。変えるとはいっても俺達二人の、と言うことだ。このまま一直線に交友関係を当たり続けてみても、多分ホンボシにはたどり着けないと思うしな」
捜査の鉄則は王道である事だ。それは正しい。正統派の捜査でなければ必ずどこかに綻びが生まれる。そういう綻びが作り出す隙間に入り込んだ手がかりに気付く事が出来なくなってしまうと、捜査は暗礁に乗り上げてしまうのだ。
しかし、今回の事件にはおそらく、今まで培ってきた捜査手法が通用しない可能性がある。
人間が法を犯す。その根源に潜むのは純粋な感情だ。金欲しさや妬み嫉み。しかし今回の事件はそれ以外に複雑な感情の介入を感じる。従来のように、地道に捜査をしていては、犯人に逃げられる恐れがある。
別に奇をてらうわけじゃない。
勘、というか。こうしたいと思った方に興味本位で捜査をするのだ。ただ単純に気になるからという理由で。
勘といえど刑事の勘、なんてかっこつけてるわけでもない。
蛇の道は蛇。思わぬところから糸口が見つかることもある。その、捜査本部とは本筋が逸れた捜査を、少しやってみたい。
思い出すのは、多野主任の今日の報告結果。
実際監視カメラ全てに映っていないことなどあるだろうか。どこにも?駅にもその道中にも?実際調べたのはそれだけじゃない。被害者の行きつけ、大学のキャンパス内……
おかしいのだ。
――ことごとく捜査する前に、布石を打たれているような。
だからおそらく布石の打たれていない、脇道に逸れた捜査を少しやってみる。それは割と、いいアイデアだと思う。
そう話すと、璃砂も納得したように強く頷く。
そして言った。
「では、明日にしましょう。その……脇道捜査」
悪戯を思いついた子供のように、笑う。
「明日。せっかくの休日の明日にか」
「ですです」
でも、門田はいいのかと聞くと、彼女も用事は無いと言う。
「きっと藤堂さんも、休日何したらいいのか分からないタイプですよね」
――私と一緒。
「一緒にすんなよ」
ふっと、浩人自身かろうじて自覚できるか怪しいくらい、小さな笑みが零れた。
彼女が降りた後もまだ東西線に乗って乗り換えて。品川のアパートに着くころにはとっくに一時を過ぎていた。
一課配属になってから始めたライン、というSNS。今までこそ倉持くらいしか使ってくる存在がいなかったので意識はしてなかったが、若い人はみんなそうなのだろう。璃砂はこの、ラインで連絡を取りたいと言ってきた。
明日の待ち合わせ場所を指定して、おやすみと打とうとして、そこで躊躇してしまう。
――気味悪がられないだろうか。
そうこうしていると、また先を越されてしまう。
返事代わりにおやすみと返すのもしつこい気がして、結局浩人はそのまま、スマートフォンの電源を落とした。