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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第二章 紫夜叉・ヴァイオレットデヴィル
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紛糾/藤堂浩人

ゴールデンウィークを控えたその日の捜査会議は、紛糾した。

原因は多々ある。それが積み重なって積み上がって、この状況を産んでいた。


原因その1。多野警部補の報告。


品行方正だと思われていた被害者女性、芦田美由紀にはひっそりと交際をしていた男がいた。そのことは確かだという。芦田美由紀の家族を含めた親族周辺を当たった多野警部補の話によると、どうやら婚約の約束もしていた。家族に聞けば婚約者であるにも関わらず写真も無く、あろうことか挨拶に来たことも無いらしい。ひどく不確定な存在だが、この、いわゆる“婚約者”は別の捜査員ペアの証言でも上がっている。まず間違いない。その人物こそ今回の事件のキーマン。その婚約者の存在を、被害者は隠してはいたものの、周囲に漏らしていたというのは確実だった。しかし。


「監視カメラ、防犯カメラにも該当する人物は映っていませんでした」


そう、問題になったのはその婚約者の人相どころか存在そのものが確認できなかったこと。多野警部補のペアを含めた数人の捜査員は捜査支援分析班・SSBCの先導のもと、大学、自宅から駅に向かう中途の公園、最寄のコンビニ全ての防犯カメラを丸二日以上かけて確認した。それが事件解決の近道だと思ったからだ。


被害者女性が婚約者の存在をほのめかし始めたのは四月以降。つまりつい最近。防犯カメラの映像内容は消去されていないはず。被害者と連れだって歩く男が一人も映ってないのは不自然――。


これで捜査会議の中に倦怠感が漂い始めたのは確かだった。

原因その2、3、4……その一つずつ自体は大したことではなかったのだと思う。

例えばよりによって多野班の汽嶋巡査がこの日の捜査会議を無断欠席した事。

藤堂の相方の門田璃砂が被害者の親しい関係者、間未来の聴取結果に関して語ろうとしないこと。

気付いていた。

多野班に対する所轄捜査員の不満が募っている。殺人捜査のプロであるべき捜査一課が、全く持って成果を挙げられていない。

それが厳然たる事実として帳場に重く伸し掛かる。

最初その不満を口にしたのは、初動捜査から常に本庁の捜査官に楯突いていた野方署強硬班主任、末元勝(すえもとまさる)だった。

「なぁ、多野主任ッ、いつになったらまともな報告してくれんのかなァ、アァッ!」

プラスチック、作りの悪い机をバァンと鳴らす。耳障りな声と音。でもそれは大きなざわめきとなって、会議室全体を大きく包む。

所轄捜査員の怒りは最もだと思う。しかしその中に分かりやすく、かつ隠しきれない悪意を感じる。

「まともに、とはどういう意味でしょうか」

浩人は気が付けば立ち上がってしまっていた。

「まともな捜査を、我々がしていないと言うのは心外です。この二日を含めた帳場は無駄なんかじゃない。それだけ“婚約者”の存在についての情報は更新されました。確実に前に進んでいる……それが遅いと仰るなら、我々のやり方に協力していただきたい」

強硬班主任の顔が憤怒の色に染まる。


分かっている。こういうやり方は逆効果だ。この末という警部補は本庁に深い偏見と憎しみを抱いている。こういう直接的に相手の主張をへし折るやり方をして、真の意味での所轄の協力が得られるとは思えない。


その意味に従うのなら平に謝り下手に出ればいいのだろうが、果たしてそれは、捜査一課八係、殺人班として捜査を主導するその役割を半ば放棄することになる。浩人には、こうすることしか思いつかなかった。

言葉を発せない彼に、浩人は止めを刺ささんとする。

「そのやり方に文句があると言うのなら、それにたる根拠を示し」


そこでガタッと。鳴るパイプ椅子。


その先を、隣の彼女に制された。細く斜めに、浩人に伸びる腕。

「待ってください、藤堂巡査部長」

璃砂が決然とした顔で続ける。


「今回の捜査の原因は……、私の不手際です。私が、藤堂巡査部長の足を引っ張ってしまいました。関係者に話を聞けなかったのもそうです。私がもっと注意警戒していれば、きっと状況は変わっていました」


昼ごろの、普段の璃砂とはまるで別人だ。

彼女が言葉を発する度に会議室の空気が鎮静化されていくのを肌で感じる。

頭に冷水を浴びせかけられたように、沸騰した感情が冷めていく。それは強硬班主任、良い大人である彼もきっと同じだったろう。

「今日は、ここまでにしましょう」

沈黙を破ったのは、仁科管理官。


管理官とは、つまり捜査のリーダーたる人間である。帳場を主導し、会議の状況を把握、捜査全体を俯瞰するポジションだ。

彼はまだ若い世代、総務部出身の管理官。警察内でも幅を利かせる派閥のホープ。

その仁科が、柔らかい口調で捜査会議の空気を塗り替えていく。

「捜査が、停滞しています。原因は問いません。我々はどんな状況であれ、捜査解決に向けて前進する他、道は無い」

シンと静まり返る。説教される学生の様だと浩人は思う。


「今回の事案、分かっていないことばかりではありません。被害者女性の婚約者の存在、特殊な破壊痕、足跡に指紋。犯人像がつかみにくいだけで、必要なピースは我々の手元に、ある」


深く、染み入る帳場のトップの演説。この年で帳場を引っ張って見せるだけのことはある。さすがのカリスマ性とリーダー性だ。

「この事案は解決できます。しかし君たち捜査官の今のままの状態では、非常に危うい。二週間。あなた達は骨身を削り捜査に尽力しました。その貢献に見合うものの価値は捜査官以前の地位や所属は全く持って関係ありません」


上官の立場でそれを言うか。というのはさておき。


「そこで明日一日を休暇にします。疲弊した頭脳と肉体をしっかり休め、精神的な意味でも休息を取り、明後日からの捜査の英気を養っていただきたい」

帳場がまたざわめく。しかし先ほどと違い、喜びの色が見て取れる。

そんな帳場を一瞥し、管理官は締めくくった。

それに――

「世も明日から、ゴールデンウィークですので」


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