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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第二章 紫夜叉・ヴァイオレットデヴィル
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柄にもなく/汽嶋太牙

「タイちゃん早かったね」


インターホンをならせばすぐにオートロックのドアが開けられる。小柄な女がその奥から飛び出し、汽嶋を中へと誘う。


目的地、と言うのは汽嶋の女の家だった。女の名は住吉塔子(すみよしとうこ)。体だけの関係、と言う以上に汽嶋は彼女と仲良くやれている。まぁ、今のところは。


一人で住むには少し大きい間取りのマンション三階。彼女はあの手この手のネット上の裏稼業で、それなりの金額を稼いで暮らしている。最初会ったのは交番勤務での警邏中。掴むだけ証拠を掴んで逮捕すると脅しをかけ、目を瞑る代わりに捜査を手伝う様に強制した。別にそういう目的で脅したわけでも無いのに、何の因果か、今では会えば肌を重ねる関係に至っている。


「捜査。上手くいってるの?」

「それについてはお前の方が詳しいんじゃねーのか」

「うん、まぁでも。タイちゃんからの話も聞きたいじゃない?」

ホラ、私タイちゃんの彼女だし。とおどけて見せる。そう言う割には汽嶋が他の女と寝たと言っても何も言わないのだ。別に男関係については好きにしろというのに、他に男の気配もない。不思議な女。束縛されることもないから実に気楽だ。


元より恋人なぞを作るタイプでない汽嶋にはこういうあっさりした、後腐れの無い関係が丁度良かった。汽嶋の前の女には、旦那がいたくらいである。


「うわぁさんきゅう。照り焼き買ってきてくれたの」

「てめ、いっつもそれだろ。太るぞ」

「私食べても太んないしぃ」

駅前のバーガーチェーン。彼女の自宅に寄るときはリクエストを受け、いつも買って来てやるのが習慣になっていた。汽嶋自身もなんやかんや彼女を甘やかしてしまっているのを最近になって自覚するようになった。


「てっりやっき、てっりやっき、おっいしーぃなっと」

バーガーをかじりながら、いじっていたPCの電源を落とす。

彼女との付き合いもだいぶ長くなる。塔子はいわゆる情報屋で、ハッキングなどその手の知識に詳しい。その手の事に関しては、一種天才めいた才能を感じるほどだ。

バーガーを食べ終え、一息つく彼女に催促する。

「で、頼んどいた仕事は」

本題はこれだ。

「んもう、タイちゃんてば、ホントに女心とか理解しようともしないタイプだよね」


汽嶋の催促をやんわりと後回しにする。マヨネーズと照り焼きソースを口の端に付けながら、彼女は体を寄せてきた。

「久しぶりじゃん。することシてからにしよ?」

彼女は奔放な性格をしている。全く食とか、美容に気を付けているわけでも無いのに肌もプロポーションも人並み以上だ。二十代半ばにしては十分過ぎる見てくれだと思う。

顔立ちもまぁ、モデルをやっているといっても通じそうなくらい。

ついその気になってしまった。口のソースを舐め取るついでにキスをする。

「うわぁ、何か変態チック」

そう言う割にへらっと口元を緩ませ、塔子は体を預けてきた。



「で、どうなんだ」

「ヤったらヤったで仕事の話ばっかりだぁー」


何かショック。呟くと塔子はベッドの上、隣の汽嶋に不満顔を向けた。


まぁすることシた後である。既に汽嶋の頭の中は件の中野の帳場で埋め尽くされてしまっていた。その中に、調書の内容は全て入っている。

「タイちゃんの読みはどーなのよ」

まだ拗ねているのか。自分からは話そうとしない。

「犯人は、多分脳みそお花畑のガキだ。なのにその証拠を消して回ってるやつらは相当キレる。デッケェぞ。今回のは」

そう言うと、塔子は眉を潜める。そんなに調査結果を話たくない理由、頑なに口を閉ざす理由があっただろうか。

「タイちゃんが仕事人間なのは分かるよ?でもね……」

でも、なんだ。お前まで俺にとやかく言う様になったら、俺は誰とこういう会話をすればいい?


「ご、ごめん。タイちゃんがこういう縛られるようなこと言われるの嫌なのは分かるよ?分かるけどさぁ」

そう言わせてしまうだけの顔をしていたのだろう。わたわたとブラをして無い、胸の前で手を動かし否定する。


「私、タイちゃんが死んじゃうのは、嫌かなぁって思うの」


死ぬ?バカかお前は。俺は余程の事でも無い限りは死なない自信がある。

そう言うと、これまでにないほど悲しそうな顔をして見せる。

「泣くこたねぇだろ」

その眼が少し潤んでいるのを指摘すると、見られるのはマズイと思ったか、すぐに目を逸らす。なぜだろう。他の女がすればイライラさせられる仕草なのだが。


カワイイじゃんよ、畜生。


しかし。最終的に彼女はいつものように、バーガー一個で捜査情報を提供した。


――まぁ確かに今回の一件、死んでも文句言えない状況だわな。


しばらくして、玄関のドアノブに手をかける。今日は泊まっていくつもりは最初から無かった。体の良い挨拶で別れを告げる。

「引き続き情報を頼む。口座には振り込んでおく」

ゆるゆるとかぶりを振る。

「良いよ。お金なんていらない。またここに寄ってくれればいいから」

「次も照り焼きか?」

「うん。今度は一緒に食べようね。二個買って来て」


ピースサイン。苦し紛れの笑顔。


「後さ……今回はやっぱ、流石に手を引いたほうが良いよ」

心配すんなよ。大袈裟な。出会ったころからは全く想像できなかったであろう会話。

だがそんな心配をしてくれる彼女がいじらしくて、心なしか嬉しくなる。

帰り際、手を振る塔子の悲痛な表情を見れば、一途な女というのもアリかもしれないと、柄にもないことを思わせられてしまった。


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