多野班の問題児/藤堂浩人
階段を降りる。その関係者、間未来が聴取を受けているという三号館前へと三人は足を急がせる。
見えた。
俯くように萎縮した女学生、それに遠慮無い視線を向け、威圧するかのように壁に追い立てる男。
――どう見ても恐喝だ。
「汽嶋ッ」
三人に向けられる気だるげな目つき。多野班の問題児、汽嶋太牙巡査。地味な灰色のスーツ姿だが、なぜだろう、地味という印象よりは、どこか垢抜けて見える。長身のせいだろうか。
「なんすか、浩人先輩」
浩人に体を向ける。身長だけでなく体格差も、浩人との間にはあまり感じられない。
「お前、なんでその子に聴取してる。割り当てられた識鑑は大学関連じゃないだろう」
女学生から少し距離をとり、お手上げのポーズ。ハッと鼻で笑う。
「同じ班なのにがめついねェ」
「がめついとかではなくて、汽嶋巡査。あなたは」
キッと鋭く目を光らせた璃砂が、前に出るのを制する。彼女が汽嶋に深く関わるのはマズい。
「藤堂さん」
「汽嶋。お前またネズミくさい事やってるんじゃないだろうな」
「ネズミって……おいおい」
ネズミというのは、彼の前職の事を揶揄したに過ぎない。
「一課は君の古巣とは違う。何をしても許されるわけじゃない」
「バカ言うなよ先輩」
浩人の横を通り過ぎる。去り際、浩人にだけ聞こえるようにつぶやいた。
「これからじゃないすか」
――もっと楽しみましょうよ。
盗聴器だな。
そう聞いて、璃砂は途端に青ざめた。彼女のカバンから発見された彼女のものではないというボールペン。その中には汽嶋が仕込んだであろう、小型の機械が詰め込まれていた。
「全然、気が付かなかったです……」
この手の事は汽嶋が多野班に配属されてから日常茶飯事だった。
浩人も普段から十分すぎるほどに気を付けていたし、組むことになる所轄の相方にもきちんと注意するところだが、璃砂の事に関しては考えること、それ以外の事に余計に気を使ってしまい、そのことをすっかり忘れていた。
間未来もおそらく何か吹き込まれたか、脅されでもしたのだろう。話すことは無いと、一方的に口を閉ざしてしまった。
その間未来が走り去るのを遠くに見て、汽嶋について考える。
汽嶋、太牙。
捜査一課8係所属以前は公安部外事二課所属。そう、彼はいわゆる“公安”出身だ。彼にとって捜査というのは情報戦であり、盗聴盗撮なんでもござれ。他捜査員の情報をこのように奪い取っているという面では、もはや刑事捜査において反則クラスである。
公安部所属の警官というのは、刑事課の捜査員、いわゆる刑事とはあらゆる面で違う。彼らは“刑事”ではないのだ。法律を度外視した違法捜査なんて当たり前。彼らは刑事課のようにことが起こった後で行動を起こすのではない。ほとんどが、何かを未然に防ごうとするために、ともすればより大きなことのために動いている。
右、左、北関連などがその典型。そのためならどんなことでもする。どんなことでも見て、目の前で起こる犯罪にもほとんどの場合目を瞑るという。そう、全ては国のために。
そんなところにいたのだから捜査の概念なんて知らないのも確かに当然かもしれないが、それにしてもあの態度。
「あははー。何か、カンジ悪い人でしたねぇ……」
先ほどまでびくついて一言も発しなかった穂積が、ぽつりと零す。
「佳苗ちゃん」
「は、はい」
「今日はありがとう。また思い出したこと、彼女の事でまた、何かあったら教えてね」
「うん……」
トボトボと、穂積が去っていく。そしてまた二人きり。
「署にもどろうか」
「はい」
気が付けば、会議に出るのに丁度良い時間になっていた。