暗雲/藤堂浩人
三人でキャンパス内を行く。
浩人も、大学にはもちろん通っていた。その上で浩人の中にある一つの大学に対するイメージが、その空いた教室の多さだった。この女子大も例にもれず、使われていない、空いた教室は非常に多かった。事情聴取にはもってこいだ。
中央階段を一つ上がってその隣、教室。
浩人は今穂積佳苗を含めた三人で関係者の知り合いである学生と連絡を取り、その被害者女性と親しかったという関係者を待っている。
浩人は北千住の私立高校で起きた教師殺害事件の聴取を思い出していた。浩人が配属されてすぐの事。
――学校というのは、やはり慣れないな。
浩人にももちろん学生時代を過ごした記憶はあるが、自分から人に深く関わった事は全くと言っていいほど無かった気がする。浩人は自分の興味があることにしか意識を向けない人種だったし、部活に夢中になっていたのが大きいのだろう。
浩人は高校時代、サッカー部に所属していた。
その浩人の通う高校のサッカー部は強豪とも、弱小ともいえない微妙な立ち位置ではあったが、仲間と共にスポーツに熱中したあの日々はとても充実していたと思う。しかしそのためか、所属するクラスとの関わりは薄かった。クラスで会話するのも部活仲間止まりだったし、体育祭、文化祭などの短い期間で普段から浩人の意識の外にあるクラスメイトとの距離が縮まるはずもない。確かクラスメイトに試合の応援に来てもらった時、特にその、どこか他人ごとに感じているんだなぁと実感した。女子生徒のだれそれが浩人の応援に来てるぜ、とはやし立てられたときも、そのだれそれにいわゆる愛の告白をされた時も、浩人はどこか他人ごとに感じてしまったものだ。
――部活抜きで関わりがあったのは、アイツだけだったな。
しかし事件を解決する、刑事になってからは。自分にとって興味がなくとも捜査のためなら関わっていかなければならない。これが浩人には難しい。特に学生相手というのは子供だからだろうか。浩人との会話がかみ合わない傾向にある。
教室に夕日が射す。どこか懐かしい、過ぎ去った放課後の空気。
しかし、いくら待ってもその関係者は来ない。
「あ、あれれー。おかしーな」
どうやら申し訳ないと思うこともあるらしい。穂積は律儀に二人に謝罪し、連絡を取ろうとした。
「ねぇね、何でミク来ないの。刑事さん達待たせちゃってるよ」
電話は本人につながったのだろうか、教室の隅、ヒソヒソとしか聞こえないくらいには小声だ。
「えぇ、刑事さんもう来た?え、どういう事」
突然大声を出す穂積。
「藤堂さんと門田さん。ねぇ、何て名前の刑事さんだったの……キシマぁ?誰それ」
キシマ。汽嶋?まさか。
「ちょっと代わってくれる?」
璃砂が代わりに受話器を取る。
二言三言電話越しに漏れ出る声。璃砂は困ったように、こちらを見た。