女園/藤堂浩人
帰り道。今日の定時報告の会議まではまだ時間がある。まぁでもここらでぶらぶらする用事もないので浩人と璃砂は先ほどまでの道を逆戻りし、早稲田駅から行きとは逆方向の東西線で、中野駅へと向かおうとしていた。
歩けば、今となっては苦い思い出、あの名門女子大前に近づいて行く。璃砂が泣き崩れたあの交差点も遠目に見えた。
そのまま直進しようとした、その時だった。
璃砂がかくんと進路を変え、その女子大の中へと入っていく。
それも無言で。
「おい、どうした門田警部補」
「止めてください。その呼び方。」
立ち止まり、ゆるりとこちらを振り向く。
「私が呼ぶように、もう少し相方、いえ。相棒らしい呼び方をしてください」
ずっと階級で呼んできたのは君の方からだろう。
「じゃあ、門田、君?」
「杉下右京ですか。別に誰もボケろとは言ってません」
いや別に、“相棒”でボケたつもりは無いんだが……。
――なぜかウケを狙ったわけでも無いのに、滑ったみたいになってしまっていた。
「まぁでも、別に良いですよ。門田君で」
くすり、と笑うと歩を進める。あれ、もしかしてウケてたのか。
「おい、だから」
「ついて来れば分かりますよ、藤堂さん」
礼集女学園のキャンパスに入ると、先ほどの大学キャンパスとはまた違った雰囲気であると感じた。女子大、というのも大きいのだろう。何しろ守衛と女学生達の挨拶が、ごきげんよう、なのである。
そこにスーツの男一人。
流石に、堪える。
ヒソヒソとしたざわめきが不快だ。もう夕方と言っても差し支えないくらいの時間帯。なのに未だこの大学には女学生があふれている。きっと先ほどから背中に感じる不躾な視線も、浩人の気のせいではないのだろう。
「あれぇ……」
彼女は目の前でスマートフォンをいじっている。なんだ。ついて来れば分かるんじゃなかったのか。
「あぁっリサちゃーん、こっちこっちィ」
すると向かいから女学生が数人、こちらに手を振っている。
なんだなんだ。
「ああっ、こっちの教室だったんだぁ」
「そーそー。リサちゃんさっき振りー」
さっき振り?
確かに駆け寄ってきた女学生には見覚えがある。
――ああ。そういや名刺、渡してたか。
彼女等は昼前に浩人を叱りつけた、あの女学生達であるようだった。
どうやら彼女たちともう一度顔を合わせなければいけなかったのは、ちゃんと捜査の一環、というものらしかった。
先ほど聴取したジャグリングサークルは、様々な大学の学生が参加できる、いわゆるインカレサークル。事実この礼集女学園の学生も数人、件のサークルに所属していたらしく。被害者女性と同じ高校に通っていた友人がいるらしい。
――それくらい、教えてくれても良かっただろ。
そう耳打ちすると、彼女は尖った口調で応戦してきた。
「藤堂さんが変な事聞くからじゃないですか。こっちから話しかけ辛い空気にした、そっちの責任です」
変な事?捜査中だぞ。そんなことを璃砂に聞いた覚えはない。
「へー。二人って喧嘩してた割に、案外仲よさげだね」
俺達は仲良くないし、なるつもりもない。そう言う彼女は二人にやけに慣れなれしかった。
先ほど自己紹介してくれた礼集女学園二年、穂積佳苗。昼前に浩人を女の敵呼ばわりした女学生。彼女が浩人と璃砂の案内役を買って出たのだ。
「ケイサツっておもしろーい。恋人同士みたーい」
「そ、そういうんじゃ」
赤面する璃砂。なんだ、こんな男じゃ恥ずかしいか。
「か、佳苗ちゃんはついてきていいの?」
赤面したままの璃砂が問うた。確かに、被害者の関係者の知り合いというのは彼女ではない。ついてくる必要はないし、むしろ邪魔ですらある。
「いいのいいの、暇だし」
それに、と付け加える。
「二人を見てるのすっごく面白いんだもん、何も騒いだり、迷惑になる様な事しないよ?ね、良いでしょ?」
一般人の興味本位とはこちらからすればそれこそ迷惑以外の何物でもない。しかし案内役に代わりはいない。頼むから。
「捜査の邪魔だけは、しないで下さいね」
「何々?邪魔したらどうなんの?公務執行妨害ってヤツ?」
迷惑になることはしないんじゃなかったか。
「まぁそんなところです」
「何それぇ、ウケるー」
どこら辺がウケてんだよ。何も面白い事を言ったつもりはない。
若い女学生相手に、早くも浩人は疲れ始めていた。