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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第二章 紫夜叉・ヴァイオレットデヴィル
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疑心/藤堂浩人

富士見大学文学部キャンパスは白っぽいベージュの外壁、一見老人ホームのような柔らかい雰囲気の建物だった。

その三階多目的教室。被害者が所属していた文学部国文学科教授、畑山武(はたやまたけし)を待つこと十数分。


「おお、ごめんなさい。お待たせしました」


畑山氏はまさに文学部教授といった、老成した雰囲気を持った男性だった。年の頃は50代くらいだろう。くたびれたスーツ。金の縁の眼鏡。

「確か、そう。芦田君ね。彼女についてお聞きしたいと」

「はい」


名刺を二人分手渡し、部屋の周囲を見渡す。寒色系の色で描かれた抽象画がいくつも壁を占領している。その下には本棚。いったいどうな状況でこの部屋を使うのだろうか。畑山氏は机越しに腕を付き、指を組んでこちらを覗くように見てくる。


「とはいってもねぇ。彼女が亡くなった理由に心当たりなんてありませんよ」

それは、こちらも重々承知している。

「彼女の一般的な評価というか、大学側から見てどういった生徒だったかを知りたいのですが」


「まぁ、優秀というか。何でも卒なくこなすタイプではあったと、思います」

勉強ができるのもそうだが、よく気が付く上に気配りができる、実に品の良い学生だったという。進んで授業のプリントを配ったり、ゴミ捨て場に自分から捨てに行ったり。

それに美人だったしね、と付け加える。

――少し、揺さぶってみるか。

しかし。

「なるほど。彼女、殺されたんですか」

警察を前にしてなんと落ち着きのある人だろう。亡くなった人の事について聞いているのにこの態度とは。しかも殺されたのだと伝えられて顔色一つ変えなかった人は初めてだ。無関心だからなのだろうか。それとも何か、文学部教授ともなると、こんな変わった人種ばかりなのだろうか。


その後もいくらか質問をしたが、彼の心の内は全く持って読めないままだった。


きっと手足と頭部をもがれていたという事実を知っても、彼は驚かないのかも知れない。

浩人と璃砂は被害者の所属しているサークルについて活動場所や連絡先を聴いた後、建物を出た。



「良い公園です」

璃砂がキャンパスに付随した緑地公園を闊歩しながら呟いた。

「そう思いません?」

ああ、確かにいい公園だと思う。しかしこういった芝生と木々からなる、いわゆる緑地公園というのは、どうも事件現場の公園を思い出してしまう。


心が、ざわつく。


中野の、あの緑地公園。あの現場を目にした瞬間その時の光景が、勝手にフラッシュバックする。

駆け寄ってくる倉持、青ビニール、鑑識、そして死体、頭蓋、血、血、血――


「藤堂さん……?」

「ああ、すまん。何か言ったか」

「……なんでもないでーす」


浩人は今回のこの事件に、言い表しようの無い不安を感じていた。一貫性が無いというか、矛盾しているというか。きっとこの違和感は人間離れした死体とブレーカーの損壊状況という現実感の無さを除いたうえでどうしても浩人の中で残る、今のところ落としどころ、つまり説明が付かないもの。

なんだろう。この歪なモノの正体は。心に深く澱のように積もる疑問。


特に、そう。犯人の行動だ。


今回の事件は複数のものではない。単独による犯行であることは明らかだ。何よりあの押し潰した様な、抉り取るような破壊痕がそれの証明――


遊歩道を行く二人の影が伸びる。これから向かうのは被害者が所属していたジャグリングサークルが活動場所に指定している公園内の開けたスペース。そこがもう見えてきた。

でも、浩人の思考は終わらない。

倉持は言った。

――嫌でも目に入る。

――野方署の裏手っすよ。信じらんなくないすか。


駄目だ。まだ考える必要がある。


「門田警部補」

「なんです?」

腰に手を当てて溜息をつく彼女。何か怒らせてしまったのだろうか。

「俺を一人にしてくれないか。君単独で彼らに話を聞いておいて欲しい」

「別に良いですけど……どうしてですか?」

「少し考えたいことができた」

「はぁ」

怪訝な顔をして、それでも璃砂は彼らの元へと向かっていった。それを遠くで見ながら、さらに思考の海へと潜る。


開けた見通しの良い場所での殺人。いくら聞き込みをしても目撃証言は全くでなくて、その時感じた“第一の違和感”が一度消えたのはなぜか。


――ああ、藤堂君。多野です。


そう。多野警部補の連絡を受けて街灯の破壊が意図的でなかったと、そう思い込んでしまったからだ。

腰を抜かした第一発見者、年配のご老人が証言したように、街灯は犯行の際、点灯していなかった。でもそれが犯人にとって不測のものだったと、その時は思った。


「でも、違った」


破壊されたブレーカー。大木の洞のように電柱にぽっかりと空いた穴。犯人自身が、偽装工作を施した。


ああ、やっぱり変じゃないか。


捜査員の共通認識に基づく犯人は粗暴かつ衝動的だ。深夜とはいえあんな開けた、目立つ場所であんな死体を放置した。発見を遅らせたいなら。

きっとその場で街灯を破壊する。周辺の街灯を破壊して回るだろう。


しかしあんな状態で放置して、街灯ごとき気にするだろうかという疑問は置いておくとして。


あの街灯ランプも、そんなに高い位置にあるわけではないし、人が簡単に登れる凹凸がある。ブレーカーを破壊する前に十分破壊可能だ。行動に、辻褄が合わない。

――第二の違和感。

まだある。どうやって変電盤の場所を知ったのか、これが第三の違和感。

こんな事を一々気にするのは無駄かも知れない。でもこれは不自然過ぎないだろうか。最も、浩人だけが考えすぎなのかもしれないが。

これに説明が付けられるものがあるとしたら。


何だろう。


結局思考に折り合いを付けられないまま、璃砂が聞き込みを終えこちらへ向かってきていた。


「どうだった」

「微妙なところです」

彼女が報告事項を読み上げる。驚いたことに、浩人が聞こうと思っていたことをほとんどカバーしていた。素直に感心してしまう。

でも、まあこの情報だと、このサークルからこの報告以上の手がかりが得られることはあまりないと感じた。


璃砂の報告によると被害者女性は大学生という割には品行方正な人格者だったらしい。むしろ真面目すぎてついていけないと感じたものもいたという。サークルの活動にもしっかり参加し、特定の深い友達、驚くべきことに恋人も、聞くところによるといなかったとか。

「びっくりですよねぇ。こんなに綺麗な人が」

璃砂が溜息をつくように言った。

「やっぱり、それくらいの頃なら恋人がいたのか、君にも」


「……セクハラですよ」

発言の後璃砂は黙って、しばらく一言も発しなかった。

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