真意そして生死の狭間
雷撃で離脱する。
翼が、青白く励起する。周囲が再び照らし出される、そのまま後ろに反り、出口を目指して――
しかし進んですぐ目の前に。地面から障害が、“突き出して”きた。
銅色の、鈍く輝く金剛骨。そしてバリケードの様に。いたるところからそれが生えてくる。亜子を抱く、明崇の進路をふさぐように。
同時に背後から、圧倒的な気配を、明崇は感じ取った。
「牛鬼……」
広い物流倉庫の対角線上。奥の入り口から、奴が歩いてくる。
戦おうとしては、ダメだ。
亜子を連れてここを出る。彼女を無事なところまで連れ出す。
――それが俺の役目。
「亜子、しっかり」
掴まっていて。そう言おうと思った。
本物の、スタングレネード。
閃光。寂れた物流倉庫の上部から、投げ込まれたいくつもの閃光弾が弾ける。
SIRGだ。思っていたより早い。
ガラスを突き破る音、同時に叫び声。
「明崇ッ、亜子ォッ」
剛が叫んでいる、後ろには真夜と六華、三人が明崇から見て右側のドアから、駆けだしてきていた。
「お兄ちゃんッ」
その時、形容できない違和感が、明崇の中に生まれた。
――いや、ダメだ。
視界の端、牛鬼が。歪んだ笑みを浮かべている。その眼が攫った亜子ではなく、剛を見ている。嘘だろ、まさか――。
「来るな、剛ッ」
地面から勢いよく突き出た金剛骨、それが――
剛の体を貫いた。
雷撃を纏う暇もなく。
また、明崇は間に合わなかった。
「あ、がッ、うあ」
剛の体が刺された箇所から、銅色の金剛骨に飲み込まれていく。
瞬間、雨あられの様に牛鬼に、量産型、アサルトライフル型の金剛杵・白毫の銃弾が降り注ぐ。
それを牛鬼は、素早く鬼人化し太い金剛骨で受け止める。
「登田君ッ」
六華の叫び声が聞こえた。
「離れてッ」
詩織が真夜と、六華を引き留めるのが見えた。そして金剛骨に飲み込まれた剛に、汽嶋が向かっていく。
「んにゃろ……」
姥鮫で、剛が無意識に突き出した、金剛骨に覆われた腕を弾く。
大して明崇は、もう一歩も動けなかった。
「アキ君!?」
地面に膝をつく。亜子が泣きつくように、明崇の両肩に手を置き、前後に揺すっている。
――そうか、そうだったのか。
「アキ君ッ、しっかりして。お兄ちゃんが……お兄ちゃんがッ」
左右に揺らぐ視界の中。明崇は一人合点していた。亜子の涙交じりの声が、どこか遠くに聞こえる。
最初から狙いは、剛だったのだ。
今思えば最初襲い掛かってきた時から、牛鬼は剛に向かって攻撃を仕掛けていた。
あの時――
亜子が攫われた時も。
あの時も狙いは剛だった。剛への一撃を明崇が受け止め、汽嶋が姥鮫で距離を取らせた。
そしてその時点で、キャッスルウォールビルの電力が復旧した。そのため牛鬼は仕方なく、あそこから立ち去らなくてはいけなかった。
だがそれでは諦めきれなかったのか。剛と家族関係にあると最初から睨んでいた牛鬼は、亜子を攫うよう、あのチャイナドレスの女に命じたのだ。
何より、剛を釣るための釣り餌とするために。
剛に――血分をするために。
角鬼は――本能的に自身の金剛骨の、その適合者であるか否かを判別することができる、らしい。牛鬼は感じ取っていたのだろう。剛の、その資質を。
ここまでの事を総合して言えること、それは。
牛鬼は優秀な角鬼としての素質を、剛から見出していた。そして牛鬼が、これほどまで執着したという事はおそらく。剛は角鬼として、類稀なる才能を持っていたという事だ。
剛がほかのサーグの隊員の様に、血分され、すぐに絶命することはおそらくないのだろう。
牛鬼は、血分する事で本人の自我を奪う。そう汽嶋は言っていた。
このままでは、剛が――。
俺の目の前で、剛が、目も当てられない醜悪に歪んでいく。
真夜と六華がその奥で詩織に抑えられつつ、茫然としていた。
亜子の泣き声と銃声だけが耳に届く。
視界の端で。銃弾をものともしない。
牛鬼は笑っていた。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
牛鬼のせい。あいつが全部、やったことだ。
じゃあアイツだけのせいなのか。お前には、何の責任もないのか。
――違う。
俺が馬鹿だから、弱いから。
――半端、だったから。
今までずっと、殺すことを躊躇ってきた。今回もそうだ。あのチャイナドレスの女を殺していれば、確実に止めを刺していれば、亜子を攫われることは無かった。剛がこんな目に合う事は無かった。
真夜、亜子、剛、伽耶奈……皆を守るために自分の手を汚さないなんて……
「間違ってる」
初めてといってもいいかもしれない。同性の友人に、恥ずかしいくらい真面目な質問をした事があった。
皆を守るために、必要なものは、何か……って。
そんな事。
分かりきってるじゃないか。
力だ。
自分の愛する存在を、周囲の人達を守り抜くのに必要なのは紛れもない、圧倒的な、力だ。
広域災害指定Ⅱ種、牛鬼。
鬼人としては、最高ランクの戦闘力を秘めた存在。そんな相手に俺は二度敗北した。あいつは、俺より強い。
――本当に、そうなのか……?
はっきり自覚したはずだ。自分の中に潜んでいた、認めたくなかった、選びたくなかった――
本気で戦う選択を。
「剛は生きてる」
そうだ。まだ間に合う。取り戻せ。
躊躇うな。邪魔する奴は殺すんだ。牛鬼を超える、強大な力が必要だ、そのためなら――
悪魔に魂も、売ってやる。
明崇は自分から。あの血みどろの部屋、その中心――
血の池に飛び込んだ。
視界が赤く染まる。
意識が、衝動に飲み込まれていく。
「え、あ、ア……キ、君」
フラフラと、彼が立ち上がる。その体から、亜子が触れていた肩から。紫色の鱗でできた、蛇の様なものが、飛び出していく。
アキ君の目は、虚ろだ。
全身から、蛇が飛び出している、紫色のそれがうねりつつ、彼の体を、覆い隠していく――。
「だ、ダメッ」
アキ君、そっちに行っちゃだめ。だめだよ。
追い縋る。しかし彼は止まらない。
足が縺れる。亜子が倒れこむとアキ君は。さらに遠くに行ってしまう気がして――
ただ少し、前を歩いているだけなのに。
一人で行かせちゃ、ダメ。
立ち上がろうとした、その時。
前方で爆発するような、衝撃――。
亜子はあえなくまた、倒れこんでしまった。