逆撃つ
「おい、お前ら……誰か見てこい」
倉庫の外から聞こえた――金属のへこむような、ガコンっという音。その音に当てられたのか。
残っていた牛鬼の部下がノバラ達に。横柄に顎をしゃくって見せる。
仕方なく、やれやれと。動かない女性集団に肩をすくめつつ、数人の男たちが鉄製の、二メートルほどの扉に近づいていく。
「ん?」
遠目からも分かりやすく、一人の男が首を傾げた、その時だった。
「んあッ!?」
スタン、グレネードッ……!?
視界が塗りつぶされる、地上に星が降りたかの如く、青白い閃光が倉庫を包み込んだ。
しかし。
輝きが現れるのは一瞬、そして収まるのも一瞬だった。
すぐに周囲には、真っ暗な闇が、饐えた匂いと共に下りてくる。
そう。
誰もすぐには、先ほどまでとどこかが違う事に。
「お前ッ」
気が付かなかった。
「げふゥ」
目の前――すぐ近くにいた男の体が、いきなり“九の字”に折れ曲がる。
「がッ」
次は右隣、何、え、次は。
「おい、離ッ」
一塊になっていた集団、その中心に表れたのは。
「邪魔、だよ」
あの、牛鬼に屠られたはずの――
「チッ、龍鬼……ッ!?」
尾の様な金剛骨が背後からの二人を弾き飛ばす、ノバラは素早く頭部から金剛骨を放つ、が――。
巨大な両翼に、阻まれ。
「いッ」
体ごと宙を回転しそのまま、切断――
恐らく侵入からここに至るまで、一秒ともかかっていない。
そして宙に浮いたまま、上から、三つの金剛骨を抉るように突き出してくる。
紫色の不気味な目――魔物の目が、闇に鈍く踊っている。その眼光はおそらく最初から、あの人質――友人の少女を捉えていたのだろう。
「アアッ、い」
少し離れた場所で、人質の娘を押さえつけていた、マキの悲鳴が響いた。
どうやらマキの腕を、あのカッター状の翼で切断した――。
「ぐッ、う」
人質の体が離れる、そのすきを逃さず、周囲に雷が落ちる。
次の瞬間には少年の腕の中に、あの少女がいた。
立ち止まっている。少女を抱きとめたまま無事を確認しているのか。しかしすぐに苛立ちからか、巨大な蛇の様な、龍の尾が鋭くノバラを襲う。
「妈妈ッ」
兆子の叫び声が聞こえる。なんとか受け止めたが――
「ん、あッ……あ」
圧倒的膂力。
あえなくノバラの体は、後方に弾き飛ばされ――。
「ぐッ、は……」
倉庫の壁に激突した。
血で滲む視界の中、ノバラはその男を見つめる。
本当、なんて執念――。
不気味な音の後、亜子の視界が眩むように真っ白になった。
そしてそれから間もなく。いくつか激しい音と、悲鳴がして――。
亜子を押さえていた腕が、解けていく。いきなり空中に持ち上げられて。その代わりあれよあれよという間にふわりと優しく。亜子の体を、背中と太ももから受け止めた人がいた。
あ、この匂い、知ってる――。
アキ君だ。
目を開けると嘘みたい。本当に彼だった。
「亜子……」
「え、ぐぇ、ぐすっ」
「怖い思いさせて、ごめんな……」
絞り出すように彼が言う。
「声が聞こえたんだ」
――助けてって。
アキ君の体の匂いには、いつもと違う匂いが混じっていた。鉄棒を握った後みたいな……錆びた鉄の匂い。そう
「血、の……匂い」
「……大丈夫だよ」
大丈夫、って。
「大丈夫、じゃ……ないじゃん。アキ君ボロボロだよ……」
「ごめんな」
ほら、こういう時――
何で、何で謝っちゃうのかなアキ君は。
悪いのは亜子。傷つくのはいつもアキ君で結局亜子は……亜子は怪我一つしてないのに――
それでも嬉しくて。本当に本当に……助けに来てくれたことが、嬉しくて。
安心と、さっきまでの恐怖がひっくり返る。自然に涙が、後から後から出てくる。
「こ、こッ……怖かったよぉ」
「うん、怖かったよな……」
――早く帰ろう。
彼の胸に頭を埋める。こんなに泣いたのは、久しぶりだった。
「こんなとこ、さっさと出よう」
アキ君が亜子を抱え上げながら言った。周りは真っ暗で、でもまだ、人の気配がした。
「……!」
アキ君のスミレ色に燃えた目が、見開かれる。