覚え醒めゆく現実に……/三位明崇
こんなに痛いの――久しぶりだな。
カラダ全身、丸ごと煉獄にいるようだ。
衝撃を受けた部分は空白。感覚が真っ白に塗りつぶされている。その後何回も鉄骨を砕いて、破って、突き抜ける度にそれがリセットされて鈍い痛みになって、それがまた遅れて襲ってきて。
何度も衝撃を浴びる度、自分を責める声がリフレインした。
――お前が関わったから。
――お前が弱いから
――お前のせいで皆悲しむ。
何度も何度も何度も――叩きつけられた心と体に。
気が付けば目の前にはあの真っ赤な家。そこで呟く。
「俺は無力だ」
やっぱり一番痛いのは。多分体じゃなかった。
――亜、子……。
声に出したつもりだったけど。声にならない。ただただ、ケモノのうめき声みたいなのが砕けた頬骨から漏れるだけだった。
亜子だけじゃない。真夜だって、剛だって、こうなるかもしれなかった。
「俺が巻き込んだから」
今度は少しマシな声になった。
「俺が甘かったから」
あのチャイナドレスの女。あの女をしっかり――
「殺してさえいれば」
はっきりと、自分でも聞き取れる声。
ぼやけていた視界が、はっきり――クリアになってきた。月が明るい。
頭が一部現実に戻ると。頭が割れるような――なんでだろ。口の中、はちみつみたいな味がする。
視界が傾き、月が見えなくなる。気が付くと体から這い出た金剛骨が、自身を持ち上げていた。骨折は、流石に金剛骨の骨格でも相当だったはずだ。途中で視界がくるくる回り出したのは、頭蓋もやられてたんじゃないかと思う。恐らく脳内出血の症状――普通なら死んでる。
でもそれが、どうやら全部、もうすでに、治っている。
全身が熱い。明崇はそれが痛みではなく、いつもの、鬼人化が亢進したときの症状であることに気づいた。でもいつもより、もっと熱い。
龍骨因子を持っていたことに、これほど感謝したことは無い。
「そこに、いるんだな」
赤い、そこから何かが覗き込んでくる。巨大な気配。
ドアノブをひねる。廃墟になった、血みどろに真っ赤なあの家に入り込む、奥に奥に。潜っていく。
奥に行くにつれて。廊下の奥まで広がっている血の海の嵩が増す。体が赤黒く染まるのもかまわずに。歩き続ける。
目的地は開けた、赤黒い外壁の空間だった。
「龍骨因子……」
そこに、やはり、いた。
部屋全体を覆いつくすまでに巨大な、何か。それが血の池を氾濫させながらうねっている。
もうためらいはなかった。いつもとは違い今回は。明崇の方から声をかける。
「……力を、貸してくれ」
より強く、化け物の体がうねり出す。その全貌が顔を覗かせる。
――何、言ってんだよ
子供の声が響いた。ガンガンと、赤黒い部屋に反響する。
気が付けば目の前――
化け物の巨大な姿は消え。代わりにそこに佇む小さな子供。
「もともとお前の龍骨因子だろ」
――ハッ。
意識が戻ったその時には。痛覚がどこか心地良いくらい。そして痛みなんかより、龍鬼としての感覚が、今までにないほどに尖っていた。
「見つ……けた」
汽嶋、詩織、剛、警察官の皆――そして一番近くに、真夜。
いつもよりさらに近く感じる皆の気配が。今は何とも愛おしい。
そして遠くには。亜子の隣に間違いない。“あの女”の気配があった。
「亜子……今行くよ」
その時不思議な、いつもと違う感覚がした。
バサリと、両肩から巨大な翼が広がっている。腰から伸びる尾と共に三つの金剛骨が、自分とは違う何かが蠢く様に。しかし両の手足の様に自在な感覚を張り巡らせていた。
――バチチチチッ
今までの比にならない、雷撃が翼を起点に発散する。そのまま推進力が生じ、天高く舞い上がる。
その途中、非常階段の鉄骨を下る、真夜の姿が見えた。とめどなくあふれる涙を拭うのさえ見える。でも、それでも無事な彼女を見て――明崇は心底嬉しかった。
真夜、ごめん。ちょっとだけ待ってて。
「亜子を取り戻してくるよ」
――もう誰も、傷つけさせない。
巨大な輝きが初秋の空にスパークし、消えた。