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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第七章 紅明王・フォンミンワン
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責め苦

前方を行く牛鬼(ニュオグェイ)が率いる集団が、その足をとめた。


牛鬼が巨大な金剛骨を、体に埋め始めるのが、遠目からも見えた。


港区。商業地帯である虎ノ門から離れた、コンテナ倉庫がお膝元に乱立する、輸出入に使用されていたのか、古びた工業施設の目の前。


そこで先ほどから泣きじゃくっていた、“人質”の体を金剛骨から解放する。


「うッ、ぐすっ……アキ君……お兄ちゃん、真夜ちゃん」


仲間の名前を呼び続けるその人質の体を、代わりに腕で適度にきつく締める。

「ひッ、いぃ痛いっ、やッ」

抵抗されると面倒なので、そのまま鬱血するぐらいに持ち上げておく。

――悪いわね。

こんな小さな女の子相手に気が引けるけど。



こうでもしないとウチのボス、満足しない性質(タチ)なの。






一際巨大な。何かを搬入する倉庫だろうか。その中に足を踏み入れていく。この奥はさらに大きな、巨大な倉庫につながっていると聞いている。


目の前で先ほどよりかは少し、まともに見れる顔になった牛鬼の、その背に声をかける。

牛鬼(ニュオグェイ)

返事をせずに。それでも未だ醜悪な顔を向けてくる。

「何であんな子供を……」

そう問うと。一時表情を硬め、しかしその後すぐにその口の端を上げる。


不知道(わからないかな)

()()だよ」


何……?

やっぱりこの男の考えている事がノバラには、いまだによく理解できない。


人質を自身の部下に引き渡す。この集団ではマキと呼ばれている、ノバラの率いる集団のナンバーツーだ。


そして彼女から離れ、集団の頭数を確認した。その中に最も安否を心配していた、ノバラにとって娘同然。その存在の姿を見つけることができた。


兆子――。

その華奢な、あまりにも小さすぎる体を抱きしめる。彼女はじたばたと、しかし嬉しそうに抵抗して見せた。


妈妈(マァマァ)……痛いよ」


見た目はほぼ小学生くらいだ。年はもう中学生になると、本人はそう言っているが、ノバラは信じてはいない。

妈妈(マァマァ)、もう帰れる?」

「ああ、帰れるよ。アタシもあんたも……皆一緒に」



そう兆子を慰めていると。牛鬼と彼の率いる集団の冷ややかな視線に気づいた。そう――きっと彼らには理解できないのだ。血も涙もないとは、こういう奴らの事を言う。


そうさ。


――アタシだって好き好んで。

アンタらと手を組んでるわけじゃないんだよ。


ノバラがずっと睨みつけていると。

「アキラと話をつけてくる」


牛鬼は何か興が覚めたような顔をしながら踵を返す。そして巨大な倉庫、その建物の奥――奈落にも似た底なしの闇に。潜り込んでいった。






真っ暗だった。

自分を包む真っ暗な闇。その中に独りぼっち。亜子は佇んでいる。


いや、正確には周りに人はいる。名前も顔も、どんな人かも知らない――

自分(あこ)を連れ去った人たち。


――ごめんなさい。

独りぼっち。空白な心に浮かぶのは、繰り返してるのは。さっきからその言葉だけ。

――ごめんなさい、ごめんなさい。


「アキ、君……ッ」

三位明崇君。亜子の、大切な、大切な――


彼はそういえば。亜子にとってどんな存在なんだろう。

――次からは、自分でちゃんとやろうな。

アキ君は優しい人だ。亜子の話す事に、何でもうんうんと頷いて、親切に答えてくれる。夏休みの間はずっと、アキ君に勉強を教わっていた。アキ君と話すのは、楽しかった。すっかり甘えていたと思う。


じゃあ、先生かな。


アキ君は亜子の、先生――


ううん、きっとそれだけじゃない。

お兄さん。お兄ちゃんとはちょっと違う。お兄ちゃんみたいに怒鳴ったり、きつくは叱らないけど。その代わりアキ君は丁寧に、亜子にわかるように叱ってくれたりもした。


そして何より――

アキ君は私の、ヒーローだった。

五月。

亜子が、鳥越先生に襲われた時。彼は必死になって、その身を挺して、亜子の事を守ってくれた。


先生で、お兄さんで、ヒーロー。


そんな、そんなアキ君が――

「い、嫌……」

嫌。嫌、嫌……ッ。


最後までアキ君の目は自分(あこ)を見ていた。その表情が頭から離れない――。


あの目は責める目だ。亜子を守れなかった、アキ君自身を責めてる目。

アキ君いっつもそう。自分の事は二の次で。亜子とか、皆の事助けようとするの。


分かんない。もう何だっていい。アキ君が自分にとってどうとか、どんな人だとか。そんなのどうでもいいから。

でも嫌なの。アキ君がいなくなるのは、嫌。私のせいでいなくなっちゃうなんて、もっと、もっと嫌――


アキ君に生きてて欲しい――

こんなこと思うの自分勝手かもしれないけど。

自分なんてもう、どうなったっていいから。


――本当に?


心の中でもう一つ。声がした。自分自身の声。そこで亜子は自分の中の、もう一つの感情をようやく見つけた。

――怖い。

自覚したのは、圧倒的な恐怖。


自覚すると堰を切ったように。その感情が押し寄せてくる。自分が分からなくなるくらいの気が狂いそうになるほどの恐怖が全身を包み込んでいく。


怖い。


怖いよッ、助けてアキ君、お兄ちゃん、真夜ちゃんッ。

ここは暗くて怖いの。パパ、ママ、嫌、こんな所、嫌――

「助、けて……」

呟いた。その時遠くでガコンと。


何か、変な、音が聞こえた。



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