悲劇/三位明崇
「強すぎる」
まともに相手にしては勝機はない。ここは汽嶋と、うまく連携して――。
その時明崇の、直感が何かを察知した。
背後――
バリッという耳障りな音に、素早く振り返る。下の階から触手を利用しガラスを突き破る、降り立ったのはあの時の。
チャイナドレスの、女。
――な、あれで、生きて……?
そしてその頭から伸びたあの金剛骨が明崇の位置から少し離れた――
亜子の華奢な体に巻き付こうとしていた。
「亜子ッ」
触手ががっちりと組みついた。亜子が抵抗むなしく叫ぶ。
「い、嫌っ、離してッ」
亜子が涙を浮かべる。その眼が明崇を捉えている。
「オイッ前見ろッ」
「クッ……!」
何とか牛鬼の攻撃を凌ぐ。しかしそこでなぜか牛鬼は、明崇の上部へと飛び上がった。
女と共に並び立つ。女の触手に、亜子の体が持ち上げられる。
「テッメェッッッ!」
明崇は自覚せずに飛び上がっていた。怒りと焦り……そして恐怖で頭の中が塗りつぶされる。亜子を連れ、あろうことかこの場を去ろうとする女を追う、が。
牛鬼がそこに立ちはだかった。
ど け よッ!!!
「小僧ッ、ダメだ落ち着けッ」
汽嶋の忠告が、もう耳に入らなかった。
空中で構える。
亜子に向かって叫ぶ真夜、力なく手を伸ばす剛。捉えられた亜子も手を伸ばす。
こいつらを絶対に許さない。全注意力を翼に、そして雷撃を集中させる。
憎しみが全身を包み込んだその時だった。
牛鬼が背後の、亜子を連れ去ろうとする女に声をかける。
「急ぐぞ。アキラを待たせてる」
え。
頭がぐちゃぐちゃになる。アキラ、あきら……明羅?
なんで明羅の名前が、ここで――
そこで逡巡した。俺は馬鹿だった。
牛鬼の巨体が消える。大振りの一撃が空を切る。
無防備な体。牛鬼の八本のカウンターが、明崇の体にまともに突き刺さった。
「「明崇ッ」」
「アキ君嘘っ、嫌ッ!」
あいつらの叫び声が聞こえた。
女に縛り付けられた、亜子の姿が遠くなる。泣いている。泣いている。
――全部俺のせい。
認めたくない絶望的な現実が。勢いよく落下する体から遠ざかって行った。