背水の攻防
その巨影が、ビルに深い影を落とす。
東棟側。外壁に金剛骨を穿ち、牛鬼は戦場となり果てた、下界を睥睨する。
そこかしこから銃器の音、悲鳴、建物が壊れる音。
「……ン」
透けた張りガラスになっている、中央棟から真っ直ぐに伸びる通路。そこを行く集団が、彼の視界を横切った。
「……」
三人のうち、一人の少女がつまずき倒れこむ。それに手を伸ばし、引き上げる少年――その光景に牛鬼の視線が引き付けられた。もう一人の少女も、慌てて二人に駆け寄っている。
「意外之財」
――思わぬ拾い物、だな。
もう一つ。用事ができた。
真夜の視界に、さらに上の階へと延びる、エスカレーターのあるホール状の吹き抜けが映る。
「あと少しだ。急げッ」
剛が叫ぶ。そう、あともう少し。明崇ももう、もうすぐ――
その時後ろでズテっと。
「いてて」
亜子がつまずいたのか、床に体を投げ出していた。
「掴まれ」
剛が兄らしく、素早く駆け寄り手を引く。その光景がいやなくらいに普段見ている日常そのもので。真夜はつい安心し、微笑んでいた。
うん、これはきっと悪い夢。
明崇が来たら皆そろって、皆無事で、平和にまた、あの日常に戻れるんだ。
「行こ、きっと明崇も待ってる。早く――」
その先が、轟音にさえぎられる。
三人の進行方向、そのガラス張りの窓壁が、何千というガラスの結晶に粉砕され床に散らばった。
真夜は思わず顔を伏せる。そして再び顔を上げると。
そこに巨大な、怪物としか形容しようがない、何かが立っていた。
「これ……って」
流石の真夜もあまりの恐怖に。その足が、竦む。
怪物。正に怪物だ。その存在が恐らく元は人間だと。そう真夜が断定できたのは上半身が、正に人の体だったからだ。しかしその体は背中から伸びる銅色の金属でできた、八本足の巨大な下半身に支えられている。
「鬼、人……」
その巨体は広い廊下の天井が、窮屈に思えるほど――。
唯一人間らしいと思われた上半身も。その頭部には巨大な角がある。その角で顔はグチャグチャで、あまりの醜さに見てられないくらいだ。
「需要、新的士兵被」
化け物が、何事か呟く。
そしておもむろに、巨大な金属の足が持ち上がり、圧倒的初速を持って。
――突き出される。
「嘘っ」
剛と、亜子の方に――
白雷一閃。
真一文字の光の剣が、その一撃を切り裂く。
真夜の目の前に、待ちわびた彼の背中がある。
明崇――!
間に合って、くれた……