その只中/三位明崇
衝撃、衝撃、一拍置いてまた衝撃。
表現するなら、そんなところだろうか。
「これって……」
――俺、生きてる。
目を開けると自分の体を、何かが覆いつくしている。左肩から伸びる始翼がもはや巨大な掌の様に、明崇を庇いながら、発達していた。
――咄嗟にガード?してたのか、俺。
『明崇?明崇ッ』
「ま、真夜?」
インカム、警察用無線から。何故か真夜の声が聞こえる。
死にかけた先ほどの敗北が、嘘のようだ。
――ごめん。
先にそう、謝りたくなる。
死を覚悟したのは、事実だから。
「みんな、その……無事か」
『うん、皆大丈夫。亜子も剛も、元気だよ』
近衛先輩は――そう聞こうとしたが、やめた。真夜がその情報を、彼女が無事なら漏らすはずがない。真夜の性格上、手遅れならばそう言うのだろう。言わないという事は、別行動をとって安否がわからない。しかし、逼迫した状況であることに変わりはない、といったところか。
余計な心配をさせたくない。真夜らしい気遣いともいえる。
そうか、皆、無事――。
『今警備部側の電波をハックしてる』
剛の声だ。先ほどより、やけにクリアに聞こえる。
『この通信も、多分すぐ聞こえなくなる。さっきは何故か、位置情報すら表示されて無かったけど』
あ。後者には心当たりがある。
「ごめん、それ多分、俺のせいだ」
『はぁ?』
真夜の間の抜けた声がする。
「いや、雷撃使うと電波が乱れてさ。多分そのせいで、インカムがフリーズしてたんだと思う」
今思えば電波状況にも影響していたのかもしれない。
『いや、ていうかお前……』
――大丈夫なのか?
「え、何が」
『息……めっちゃ荒いけど』
「あ、ああ……」
大丈夫、大分再生は進んでる。痛みと疲労は引かないが、体自体に異常はないようだ。
周囲を見渡すと、大分遠くに弾き飛ばされたようだった。
牛鬼の姿は、ない。
前方、明崇が飛ばされてきた通り道には、破壊されたコンクリートの跡が点々としている。
背後には自身が衝突した後、綺麗に蜘蛛の巣状のヒビが入った、クレーターがものの見事なまでに広がっている。
完全敗北、か。
痛い事は痛いのだが――それでも今までの経験上、明崇の様な鬼人にとって痛みというのは一時的なものだ。
取りあえず真夜達を避難させ、安全を確かめられるまでは。
『明崇、聞いてくれ』
剛の声に。耳を傾ける。
『俺たちは今、東棟側六階、エスカレーターのあるホールに向かってる。多分行けるのはそこまで』
――多分そこから動けない。
「分かった。今すぐ行く」
『ま、待って……ねぇ明崇』
真夜の声だ。
「真夜……もう」
『ご、ごめんってば』
慌てて取り繕う彼女に。一言だけ。
「待っててくれ。すぐ行くから」
「……うん」
インカムの雑音が、消える。それが今の明崇には、酷く物悲しく感じる。
勢いよく立ち上がとうとする、が。
「ッソ動けよッ」
体が思うように、動かない。
先ほどから心中は穏やかじゃない。先ほどから……牛鬼の気配を感じる。確実にその気配は。
真夜達のいる、東棟側に――。
言えなかった。言ったら現実になってしまう気がして。
嫌だ。真夜が、剛と亜子が、牛鬼に、もし――。
自分が死んでも。三人には指一本触れさせてはならない。
もし……再び対峙することがあれば今度こそ、牛鬼を。
死んでも引き止めなければならないーー。
そこで……何かの気配。
「お、前」
カラン。鉄骨がヒールで、鳴る音がした。