牛鬼VS龍鬼/三位明崇
戦闘態勢。
明崇は素早く、肩の神薙に手をかける。
鬼人化してなきゃ。
――多分さっきのでやられてた。
あの角の大きさ――確実に角鬼。金剛骨の、鉤爪状の触手“先ほど”のはどうやら肩部から。
角鬼の鬼人化は上半身に集中する。狙い目は下半身、定石は、まず――。
考え始めた正にその一瞬、その巨大な影が膨張する。
――なッ。
その体から、樹木の幹のように巨大な、“銅色”の金剛骨が這い出てくる。しかも計、八本。
曇天を覆うように広がる奇怪な、空を仰ぐ八手。
それが突如として迫る。
「ぐ、ゥッ……」
何とか神薙で、受け止めた一撃。軌道を変えようとしたそれには予想以上の威力、そして残り七本が、もう――。
始翼を展開。雷撃で、安全な距離まで瞬間離脱。
「逃げ足、早いな餓鬼」
どうにか上部の鉄骨のピラミッド。さすがに一瞬では届かない位置に膝をつく。先ほど明崇がいた位置は、
自動車が追突したかのようにひしゃげている。
「ハァッ、はあ」
想像以上に、息が上がっていた。一瞬たりとも気が抜けない。
繰り出してくるであろう攻撃、そのすべてを把握することが難しい。
できたとしても、あの威力。雷撃を這わせなければ神薙では、あの金剛骨は、断てない。
そう、物量、威力ともに明崇を上回っている。
これが、牛鬼――
では俺に、何ができる。牛鬼に一つでも勝る点は、何処だ。
神薙の高速斬撃、始翼の瞬間移動、一撃ずつを把握対処する動体視力。そう。
――速度だ。
鬼人化が亢進、龍の鱗が頬を覆う。神薙を平にすると雷撃が刀身に絡みつくように奔りだす。
四対白の光芒が、夕闇を明るく照らし出した。
神薙以上に感覚が、研ぎ澄まされる。
雷撃全開。
神薙の電流を温存しつつ。視界を蹂躙する八本の爪を回避する。
体を浮かす。迫る一本目を雷撃で、瞬時に上体を沈めてやり過ごす。途端、明崇に向けて落ち込んでくる二本の金剛骨。これは斜め左、前方に位置を振りつつ躱しきる。
「……イケる」
距離、既に二メートル――
この間合いならッ
――ザンッ
立切風が鳴る。しかし金剛骨を削ったものの、その急所には届かない。
「ま、だ、だッ」
持ち替え、投げ、斬る。その間も始翼から、常に雷撃を神薙に這わせる。
そうでもしないと、金剛骨は切れない。
静謐な夜の闇、幾度となく、オルガンの如く響く金属音と雷光――。
「アアッ」
体重を乗せた大振りの一撃が、ついにその、内一本を切り落とす。しかしそれでも、牛鬼の攻撃の手は緩まない。
気が付けば、防戦一方。
雷撃は、その大きな出力のために、長時間の使用は限界がある。
明崇は自分が思う以上に、消耗していた。
距離を取ろうにも、まるで蜘蛛の巣に捉えられたかのように。圧倒的な追撃の前に逃げ出せない。
把握不可能な攻撃密度――
そう、手数が多すぎる。
「また速いだけ……雑魚が」
諦めるものか。なるものか。
「アアアッ!」
全身全霊の雷撃が迸る、その一撃が周囲をより明るく照らす。しかしその一撃はどうしても、大きく振りかぶりすぎた。
捉えられた隙。待ち構えたように異常なスピードで、鈍く光る銅色の金剛骨が迫る。
それに明崇の視界が塗りつぶされ、真っ黒になる。
フラッシュバックする。ほんの少し、前の事。
――後でちゃんと……すぐ会えるんだよね。
「真、夜、ごめ」
経験したことのない衝撃、痛みの前に、どうしても守りたい、あいつらの顔がよぎって消えた。