紅い金剛骨/近衛六華
――ダダダッ
機関小銃、自動連射の銃声。そして背後から、六華に誰かが呼びかけた。
「六華、ちゃん。しっかりして」
高峰、詩織――。
足を引きずるような音。荒い息。彼女はそれでも、六華を鼓舞する。
「これは近衛六華――貴方が、御三家の一角、その次期当主として超えるべき、壁なの。一歩たりとも引いちゃ、ダメ」
――皆戦ってるんだよ。
「もう、真夜ちゃんたちは逃がしたから。あの子たちは無事。私はもう、ダメかも知れない、けどッ」
「詩織さんっ」
敵を背に、思わず振り返ってしまう。倒れた詩織に駆け寄ると、頭部から血を流していた。
「ダッセェ。ダセェよ姉ちゃん。これだから弱者は」
弱者?
この人は、強いよ。高峰さんはその身を挺して、私達を庇ったんだ。そんな人を弱者呼ばわりなんて。
許せない。
「キミなんか、零士君じゃない……」
「ハァ?」
振り返る。鬼人化薬を、首筋にためらいなく注射する。長く邪魔なドレスをビリッと。勢いよく破り、動きやすいよう腰に巻き付ける。
近衛家次期当主として、君を、倒す……!
「キミが本当に零士君だって言うなら。私が止める。この、私が――」
最愛の弟に、六華は立ち向かっていった。
「オラ、おせぇぞ」
「んッ」
――うるさいッ。
幼いころから、素手の組手は嫌というほどやらされた。しかし六華のしなやかな体から生み出される、持ち味ともいえる回し蹴りも、難なく交わされてしまう。
それでも、勝機はあるはず。
――ここッ。
屈みこみ、零士の拳を躱した後、六華はその腰からふくよかな毛束の様な金剛骨の尾を出した。
「ふん……」
それもいとも簡単に、零士の熊手のように巨大な金剛骨にガードされてしまう。
何なの、あれ――。
零士のあの金剛骨の尾。幼いころ……少なくとも行方不明になる前はあんな、攻撃的な形状ではなかった。
まるで、狼の拳だ。
「可愛いな、金剛骨」
「馬鹿にしないでッ」
中程度の距離では巨大な尾に阻まれ何もできない。
何とかしてその懐に、飛び込む。
再び組手に持っていかなければ、勝機はない。
――うん、これなら。
零士君の動きが読める。彼の癖も、戦い方も。私はよく知っている。
掌で受ける。死角になる位置から蹴り。それもフェイント。
――お仕置きだよ零士君ッ
このまま――
「いッ、うゥ……」
六華の、左腕が絡み取られ、捻りあげられる。そして。
「がっかりだよ、姉ちゃん」
「うっ、あああッ」
六華の体に、零士の尖った拳が深々と突き刺さった。
嘘。
ねぇやっぱり嘘なんだよね?
目の前に無表情の、零士の顔がある。余りに綺麗な彼の瞳に、絶望しきった私の表情が映っていた。こんなきれいな目のまま、なぜ彼は家族にこれほどまで容赦しないのか。
「俺と姉ちゃんじゃ、根本的に違う……。強さへの執念の差だよ」
まだ……抵抗しなきゃ。
痛みに引きずられながらも奮い立たせる、体を動かそうとした、その時だった。
六華が自身の、体の異変に気付いたのは。
金剛骨がボロボロと、崩れていく。鬼人化が、保てない。
「え……なん、で」
零士を再び見ると。その姿が既に、徐々に豹変していっていた。
金剛骨が真紅。真っ赤に染まっていく。近衛家特有の灰色の金剛骨、それに骨を通すように、それとも決別の亀裂を入れるように。真っ赤な金剛骨が、零士の巨大な尾から徐々に、広がっていく。
煌々と紅い狼。
こんなの、知らない。
そもそも赤い金剛骨なんて、聞いたこともない。確実に、近衛家に由来する金剛骨じゃない――。
そして六華の鬼人化が解けていく。これは赤い金剛骨の、力?
「俺がそもそもただの鬼人に……明王にも到達してない鬼人に、負けるわけねぇだろ」
明、王?
「殺さ、ないの?」
挑発。痛みに口の端を歪ませて、六華は引きつりながら笑いかけた。
「殺す価値もねぇ」
腕が引き抜かれ、その痛みが突き抜ける。鬼人特有の細胞再生が起こらない。六華は力なく、その場に崩れ落ちた。
零士が、去って行く。後ろで控えていた覆面の男たちも。倒れる六華を意に介さず、通り過ぎていく。
足音が遠ざかる。一人になる。
「誰、か」
倒れ伏しながら六華は何とか声を絞り出す。
お願い、三位君、三位明崇君。零士君を、私の弟を――
助けてあげてください。