凍て眼と髪の鉈/登田剛
剛が事前に仕入れた情報から推察すると。
このビルは、現在両手から挟まれているようだ。
建物自体は複数の建造物が横に連なり、正に城壁と形容できる外観。しかしこの中心部の“本館”は、奥行きもありそこから人の出入りもできる。上から見れば、潰れた三角形の様な形状だ。
パーティの参加者を避難させるなら、このまま奥に進むしかない、しかし――。
それでは何か、敵の思うつぼの様な気が、剛はしていた。
「オイッ、何で進まない」
突然、避難する人の流れが止まった。
前方、偉そうな年長者が声を荒げる。その声は周囲に伝染する。そしてその不満が大きくなるほどに滞る人の流れ。
――まさか、本当に行き止まりなのか……?
「ウソでしょ……そんな」
六華がぽつりとつぶやく。
「落ち着いてッ」
人垣が割れる。警備部警護課職員……SPだろうか。警察手帳を提示しながら人込みを掻きわけてこちらへ向かってくる。
「開かねぇんだよッ」
また別の、比較的若い男の声が聞こえる。人の波が割れると剛達にも、その状況を目にする事が出来た。
ドア付近には、先ほどから苛立ちを見せている二人の男。どちらとも日本人であるようだ。
しかしその周りには、恐らく中国人、正に華僑系の顔立ちをしたパーティ参加者が多かった。
最もドアに近い位置には、どうやら親子連れがいる。とはいっても母と娘に見える、ただそれだけだ。長身の、赤く派手なチャイナドレスを着こなす女、そしてその横に控えている、対照的な紺色のドレスを着た娘。
その娘の表情に、剛は凍り付いた。
暗い目。深海を思わせるような深さを持つ目だ。剛は似たような目を、どこかで見たことがあった。
明崇も鬼人化すると、こんな目をするのだ。一度明崇は鬼人化し、正気を失った事があった。あの時――剛が目にした、アスファルトに臥す明崇の目。あの娘の目は、あの時の明崇そのものだ。
その時剛の左。真夜があっと、声を漏らすのを聞いた。
「あの……女」
その目は、赤いチャイナドレスの女を見て固まっている。
何、何だ。あの女がどうしたんだ。何か知って――
「ああ、落としちゃったね、大丈夫?」
屈強な、警護課職員が屈みこむ。どうやら先ほどの娘が、その手に持っていた何かを落としたようだった。
娘が屈みこんだその男に、歩み寄る。あの暗い目のまま。
――危ないッ。
剛が声を上げるより早かった。
立ち上がろうとした、その男の体に娘の華奢な体が巻き付く。目にもとまらぬ速さでその足が、男の太い首にがっちりと組みつき――。
「あッ、なんっ、んぐ」
男の、屈強な体がよろめく。その、傾いた体を。
「ンがッ」
太い触手の様なものが貫くのが見えた。
寸分のたがいなく、触手は心臓を貫いていた。
即死、だろう。
そしてその凶器は、母親だと思っていた、あのチャイナドレス女の頭部から、しなる毛髪の様に伸びている。
気が付けば、あちこちから金切り声。
「逃げてッ」
六華の、切羽詰まった声。
「こっち来て……早くッ」
そして剛の手を引く。振り返れば真夜も、亜子の手を引いている。
その後ろ、剛の目に映ったのは。
全員女だった。
数十人の女――おそらく参加者に紛れていたのか。パーティドレス姿もいれば、どう見ても日本人、スーツを着たもののいる。そのすべての女の頭部から先端に反りのある、鉈のような金剛光沢を持つ触手が、伸びている。
それがビュンビュンとしなり、SPに容赦なく襲い掛かっていた。
胴体もろとも真っ二つ、血しぶきが舞う。
その手前の男は何とか初撃を避けたが、死角、別の女の一撃に首を刎ねられていた。
――何だよ、何なんだよこれ。
背後から追い縋ってくる圧倒的な死。
剛はこの現状を未だに、その脳で処理しきれていなかった。