臨戦と間合い/三位明崇
視界が奪われた暗闇の中、騒音が鼓膜を蹂躙する。
会場は突然の出来事にしばらく沈黙していた。しかし先ほど聞こえた、このビルを揺るがすような地震にも似た轟音、その音に大きな混乱が巻き起こる。
「亜子、離さないで」
真夜の声がすぐそばで聞こえる。無我夢中で掴んだひんやりとした手は、間違いない。彼女の物だった。
「明崇、だよね」
「ああ、俺だ」
「剛は!?」
その時、会場の照明が、再び点灯した。ちゃんと近くに剛もいる。
『落ち着いてください』
壇上で浩人が叫んでいる。脇に控える他の警備課職員が、おそらく中国語、英語などで、同様に呼びかけていた。
『ただいま非常用電源が復旧しました。テロの可能性もあります。避難誘導に従って、皆さん速やかに――』
見渡すと当然、汽嶋さん、詩織さん――SIRGの人間と目が合った。
――行かなきゃ。
「先輩、真夜達の事……頼めますか」
「……うん!」
剛にも目くばせをする。彼は浅くうなずいた。
「ちょっと!明崇」
真夜の必死の声に、一瞬引き戻される。
「後でちゃんと……すぐ会えるんだよね」
「……ああ」
大丈夫。きっと大丈夫――。
明崇は言い聞かせながら、避難する六華達の反対側へと再び走る。
「状況は……攻め入られたのはどこですか」
汽嶋さんの前に、石井さんが澱みなく答える
「二か所だ。東棟側と西棟側……キャッスルウォールビルの両手から挟まれている」
そんな……警備は何をしていたんだ。まさか、既にやられた……?
しかしそうではないと、石井さんは言う。
「警備はおそらく、物理的にかいくぐられている。恐らく非常用階段、いやそれは考え辛いか……しかし侵入経路は、どうやら八階の様だ」
八階?今この会場は、五階に位置している。それより高い階からの襲撃……。
「問題なのが、突破されたと連絡のあった警護課の人員とは意思疎通が取れている、連絡がついている状態だ。しかし……一部の近衛兵の実働隊、そして近衛一を警護していた部隊と、現在連絡が取れない」
近衛家と、連絡が取れない――。
これは純然たる事実だろう。狙いは、近衛家だ。いや
六華というのが正しいのか。
「先輩のお父さんは、一さんは、どちらに」
「彼は中韓の有識者と、ミーティングという予定になっていたはずだが」
――場所は、西棟タワー五階。
明崇は汽嶋さんが乱暴に投げたインカムを掴みとり、ホールを飛び出した。
夜風が吹き付けて、寒いくらいだった。石井さんの指示によると。
『外付けの階段を上がれ。そこから鬼人化して最短距離しろ』
カツン、カツンと。むき出しの鉄骨が走る足音を鳴らす。鉄骨が入り組み、広く全体を見渡せないほどに入り組んだ鉄骨の森。
――ここを抜ければ、ミーティング室。
その外壁に近い位置に出るはず。
また一歩、踏み出す。無機質かつ機能的に広がる金属のジャングルに、開けた場所ができた。
――音?
妙な音だ。隙間風の様な……ヒューヒューと響く。ビル風が中に丁度――
吹き込むような。
「……ッ」
人がいた。前方、暗がりの中から揺れる、大きな影がある。
最初は声をかけようとも思った。ここは危ない、早く避難してくださいと、明崇はそう声をかけるつもりだった。
でもそれ以前に察した。
その存在が持つ、巨大な、圧力。
妙だ。
風が、強くなる。
明崇の、前髪が一瞬、その視界をぶれさせ――
その瞬間、自身の本能が明崇を救った。
右に屈みつつ、飛ぶ。
遅れて金属のひしゃげる音。
今の、何処から――
明崇の先ほどまで立っていた、正にその場所。その一点を、巨大な金剛骨が塗りつぶしている。
――妙だ、だって?
月明りが、その男の顔にかかる。男の顔は牛のように巨大な角に崩れ、醜悪な形相が照らしだされる。
こいつどう見ても――
「何だ、餓鬼、か……それにしては、マシな動きだ」
――鬼人ッ!?