共喰い/牛鬼
日本人は、平和ボケしすぎている。
標的が油断している瞬間こそ、襲撃のチャンスであるという単純な事実。
俺が崩壊させた鉄筋コンクリの外壁。そこから強い風が吹き込んでくる。
俺の目の前には、幾重にも連なる血みどろの死体――いつもの見慣れた光景だ。しかしその中に一人だけ、みっともなく生き永らえ、肩で息をする者がいる。そいつも血だらけで、恐らく殺ろうと思えば一秒もかからない。
周囲には無残に、断ち切られた金剛骨の欠片。
「それだけか。近衛兵」
こいつも先ほどまでは、えらく威勢がよかったのだ。
――兵?ふざけるな……
全身に毛皮にも似た金剛骨を纏わせた、そのもはや人間とも思えない姿は、確かに普通の鬼人ならおののくものなのかもしれない。
しかし俺――牛鬼にとっては、本当にその程度。こうなるまで。
一瞬だった。
「ただ速いだけ……それだけで、牛鬼には、勝てん」
目の前の男こそ、この、兵の長であるというのは知っている。確か……近衛一。
噂程度だが現在のこの国の鬼人の中では、最も強いとさえ聞いていたのに。
「ガッカリ、だ」
昔はよかった。十年前はこの程度、ウジャウジャいたものだ。鎚頭や飢者髑髏……まだ張り合える相手もいたあの頃。そのピリッとした、殺気に富んだ空気が懐かしい――。
「おい、動くな」
「んぐッ、がッ、ン……」
もぞりと動いたその、腹部をまた貫いた。全く目障りだ。この程度の力で強者を名乗るとは。
――本当の強者とは、俺の様なものの事を言う。
「青写真。あるの、か?」
あの女との約束だ。取りあえず聞いておかねばなるまい。そう、俺はこう見えても律儀なのだ。
地に這いつくばる男の顔は、汗と血……そして涙のせいか。鬼人化すれば顔がつぶれる、そんな牛鬼から見ても不細工極まりないものだった。
「シラ、ナイ」
最後のプライド?それとも本当に知らないだけ?そんなもの、実はどちらでもいいのだ。
俺にとっては。
「……それでいい」
無慈悲に振り下ろす。
また一つ、動かなくなった。