大切/三位明崇
小梢との話は、六華の事を深く知る、良い機会になったと思った。まさか、弟を失っていたとは。
だから明崇をあんな風に脅したりしたのだろうか……
六華自身が感じていた焦りや不安――その甲斐なく仲間が13人も失われたのだ、その気持ちは、察するに難くない。
そのくらい六華は狂っていたのか。零士の喪失のために。
弟を失った、姉。欠けた家族のピース。
思い出すのはこの前の、電話越しの伽耶奈の泣き伏した、あの掠れた声だった。神薙を渡しに来たのも会社の人間で、伽耶奈は忙しく会いにこれなかったのだ。
汽嶋さんと先ほどした話が追い打ちの様に思い出される。
――俺がいなくなったら。
きっと伽耶奈も六華の様に、取り乱し、泣き叫ぶのだろう。もし逆の立場なら、狂ってもおかしくないとさえ明崇は思う。
他でもない明崇と伽耶奈は、世界で一人の姉と弟なのだ。
そして、こいつらも――
真夜、亜子、剛。この三人も、既に明崇にとっては大事な存在だ。家族というと大げさだし、あっちはその気もないのかもしれないけど。でもそれくらい明崇は、この三人の事を手放したくないと思っている。その事をすんなりと自覚できるくらい。何なら言い出せるくらい。明崇は彼らを好いてしまっていた。
以前の自分からしたら、想像もできなかった心境だ。
「アキ君、これ食べてみて?ほら!」
歩み寄ると亜子が突然、何かゼリー状のものをフォークに突き刺し、明崇に向けていた。つーかまた食べかけ……大方変な味がするとかなんとかで、明崇の反応を見て楽しみたいのだろう。
いつもなら礼儀に厳しい剛が諫めるところだが、六華が面白がっているので周りには、変に許容するオーラが出ていた。
「……美味しいの?それ」
取りあえず真夜に聞いてみる、が。
「食べてみれば?美味しいかもよ」
返事はにべもない。
「貸して」
フォークを手渡してもらおうと手を伸ばす、が。
「ん!」
なぜか、亜子は首を振る。そして背伸びしつつグイっと。明崇の口元にそれを、近づけようとしてくる。
――ああ、ああね。そういう……
しょうがなく、そのまま口に入れ、咀嚼する。
「うッ、んう!?……」
「はい水」
想像以上の味に、ついむせてしまった。それに亜子を含め周囲の参加者は大笑いし、真夜がしょうがないなぁとばかりに、水を差しだしてくれる。
周囲には以前、弛緩した緩やかな空気が漂っている――。
この時はまだ、平和だった。
そして水を受け取って、飲み干した。その時横目に、パーティの参加者が見渡せた。
日中韓の交流を目的としたパーティだけあって、そっちの国籍の人なのだろう。チャイナドレスを纏った長身の……いやどちらかと言えば大柄な女性。誰かもしれないその人と、目が合った。その瞬間に、明崇の直感が囁く。
あれは、まさか――。
「ふーん……チャイナドレスね。明崇、ああいうのがいいんだ」
そういうのを、見逃してくれる真夜ではない。そんな真夜の事を今は、ありがたく思う。
「真夜……あの人の顔、覚えた?」
「え、なんで」
「ちょっと待ってて」
直感か、それともただの勘か……。
――勘であってくれ。
その時――パーティ会場がすっぽりと、暗闇に包まれた。