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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第六章 牛頭羅・ニュオズォーラ
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謎路/三位明崇

強制的に、自我を奪う?そんな血分、聞いたこともない。

「洗脳ってことですか」

「ああ、なんか沖和正が言うにはだな。mRNAの強度が、他の鬼人に比べて段違いに高いんだと」

でも、そんな事って……。

「それでまぁ、お前なんだわ」

「は?」

汽嶋さんは何で分かんないかなと言わんばかりに、ガシガシと頭を掻く。

「言いたいこと分かんだろ?お前が牛頭羅(あっち)側に寝返ったら」

――戦局が簡単にひっくり返る。

「気を付けろよ……奴の一撃を、生身で受けるのだけは避けろ」

汽嶋さんのその眼の中に、今まで以上の危機感を見た。


「大丈夫ですよ」

「あ?」

「鬼人遺伝子の強度なら……俺だって負けてないです。そもそも龍骨因子(ドラコファクター)が、並の鬼人のmRNAに競り負けるわけないじゃないですか」

まぁむしろその観点で言うなら。

「心配なのは汽嶋さんのほうだと思いますけどね」

「おい、なんでだよ」

「まぁそれは勿論。汽嶋さんの龍骨因子は俺のと違って――“不完全”なんですから」

「……うるせ」

そういうとケッと、行儀悪く彼は吐き捨てた。



「まぁ、汽嶋さんの事は心配してないです。姥鮫(ウバザメ)も、もう使いこなせるんですよね?」

「ああ、まぁな」

あ、そういえば。

「汽嶋さん、姥鮫の事、誰かにしゃべったりしませんでした?」

――あ?

「なんで俺がそんな事しなきゃいけねぇんだよ」

まぁそれもそうだ。汽嶋さんではないだろう。彼はそんな、ねじ曲がった事をするタイプでもない。

「いえ、何でもないです。じゃあ俺行きますんで」


汽嶋さんにそう言うと、鷹揚に手を振り返してくる。そして六華達に近づこうとした時、明崇の目の前を横切った物がいた。いや、正確には横切らずに、明崇の前で立ち止まった。

美しく身なりを整えた、パーティの参加者と思われる女性――。

「あ、あの。いきなりすみません……今から少し、お話できませんか」

存じ上げない。誰だろう。が、確かに見覚えはある気がする。

近衛家の使用人、確か……

「小梢、さん?」

「え、ええ」

呼ばれるとコクコクと頷く。オーバーな動作が、彼女らしい。

気が付かなかった。近衛家で会った時とは違いドレスだけでなく化粧もしている。見違えるほどというと大げさだが、一見したくらいではわからない。

果たして彼女は明崇が聞くのを躊躇う、ある人物の名を口にした。

「あのどうしても。六華様の事でお耳に入れておきたい事が……」

――零士様。近衛零士様についてです。



彼女は近くのテーブルに明崇を誘い、ドリンクを傾けつつ話し出した。懐かしそうに、しかしどこか寂しそうに。

「そもそも、近衛家の当主になるはずだったのは六華様ではなく……零士様だったのです」

彼女の目を先を追うとそこには、六華の姿がある。


「零士様は六華様から見て二歳下の“従弟(いとこ)”にあたります。本当に姉弟のように親しかった……零士様は六華様にべったりで、そのお陰で六華様は、男性とお付き合いをされた事もございません。おそらく零士様自身が、六華様にそういう感情を抱いているというのは使用人だけでなく、近衛家での共通認識でした」

でも。

「今彼は……」

「ええ、もうこの家にはいらっしゃいません」

彼女は沈痛な面持ちで続ける

「丁度5年前からです。当主の一様は、男児がいらっしゃらないために、血縁的に一番近くお若い男子であった零士様を当主にする事、それ自体に反対するようになりました――零士様に辛く当たったのです」

家督相続、お家争いというやつか。明崇には本当、現実感の無い話だった。

「それを受けて零士様も、酷く反抗なされて……一時期は不良のようになってしまっていました。彼自身当主への執着というのは全くない、純粋な方だったのですが」

彼女の声色は楽しそうなトーンと、悲しそうなそれを行ったり来たりする。

「それでも、六華様とは本当に仲良しでした。あの頃の六華様のころころとはしゃいだ時の笑い方が……私は大好きでした」

照明が少し落ちる。スポットライトが当たる壇上に立つのは、六華だ。近衛家の次期当主なのだから、何かしゃべる事でもあるのだろう。

「零士様はある日――何かの事件に巻き込まれ、行方不明になりました。彼と親しかった近衛家の人間も一緒に……忘れもしません三年前の事です。当時はただの暴行沙汰として新聞にも載りました。零士様は鬼人としても、とてもお強かったですから。そういう意味での心配は……していませんでしたけど」

顔を伏せる。

「六華様はあれから、変わってしまいました。ある時期までは学校にも行かず。取り乱して、泣き叫んで。でもいつの間にか零士様については何も、何も仰ることはありませんでした。心の傷を埋めるためか、今まで以上に何かに没頭したり。そういう事が増えたと思います。きっと生徒会を務めているのも、どこかで失った物を埋めたい、その一心でおられたのかもしれません」

――それが今の六華様です。



パチパチというよりはバチバチと、うるさいくらいの大勢の拍手の音がする。六華が話し終わったのだ。そしてそのタイミングでまた、彼女は明崇にこう言った。

「貴方は……零士様によく似ておいでです。顔というよりは、雰囲気、でしょうか……三位さん、零士さんの代わりに」

――六華様を、助けてあげてくださいね。



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