血分/三位明崇
「いやぁお珍しい。ご友人もお連れとは」
今明崇は真夜と腕を組んだまま、六華と共にパーティの出資者を名乗る男にペコペコと、頭を下げていた。
先ほどからこうやって、接待ばかりしている。六華にすんなりと頭を下げ挨拶を返してくれる者もいたが、ほとんどは横柄な態度で、中には自慢の息子だという青年をやたらと紹介したがるような者もいた。
「ほら、もう零士君だっていらっしゃらないのでしょう?」
――考えてみてはいかがですかな。
その人物の名を聞くと、彼女の表情が分かりやすいほどに曇る。
その男の名前を知らない明崇でさえも、その名を口にすることがどれほど失礼か。それくらいの事は察しがついた。
「ちょっと離れましょうか」
一通り回った後、六華は目に見えて憔悴していた。
「先輩、お料理取ってきますね」
ここは同性の真夜に任せた方がいいと思い、そう提案した。
「うん、ありがとう……」
まぁそれに明崇には他にも、先ほどから気になる事があった。
パーティ会場。明崇はその、ドア付近に歩み寄る。
「……何やってんですか、汽嶋さん」
そういわれると気だるげに、近づくと顔を下に向けていた彼が顔を上げる。
「よう、小僧」
「小僧小僧って……毎回思うんですけど汽嶋さんも子供みたいなもんじゃないですか」
「はァ?何処をどう判断したら俺が“子供”なんだよ」
ん。少しだけ考えてみる。
「……精神年齢、ですかねッ!て痛っ……」
これくらいが彼との適切な距離感だ。こんな感じでしばらく話しているうち、この日中韓首脳会議の護衛に駆り出されたSIRGが十三係であった事を知った。
――まあ詩織さんはSP出身だし。
妥当なところだとは思う。
そして、先ほどからの疑問にも彼は程なくして答えてくれた。
「え、藤堂さんだけじゃなくて、門田さんも」
SIRG十三係に配属……?
「ああ、あの小娘も、だ」
小娘って。そんな年変わんない癖に。
それにしても危険じゃないだろうか。そう聞くと。
「まぁでも本人も、藤堂浩人といて満更でもなさそうだからな。いいんだろ」
しばしパーティの風景を眺める。剛が亜子に突き出されて、六華としどろもどろに話すのが見えた。するとゆっくりと、なぜか先ほどとは違う緊張したトーンで彼が続けた。
「お前さ……知ってんのかよ。今回の対象」
「知ってますよ」
――牛鬼、ですよね。
「広域災害指定Ⅱ種、厳戒態勢Ⅲ種」
しかしそこまで知っていたのかと、彼が驚くことは無かった。そして、こう言った。
「じゃあアイツの、特別な“能力”の事は?」
能力……?
「なんですかそれ」
「……やっぱ知んねえのな」
よっこいせ、と立ち上がる。まともなSPなら勿論こんな横柄なわけではない。延々と立ち続け、警備対象の盾になるのが仕事だ。それを知ったうえで汽嶋さんはこの態度を通している、通しても文句を言われないというのは本物の実力者か、それこそただのアホである。
「あ、ちッ……マルボロ忘れた」
……やっぱりただのアホなのかもしれない。
――なんでパーティ会場で、タバコ吸おうとするかな。
そんなくだらない思考をよそに汽嶋さんは重々しく語りだす。取り出したはいいものの使用される事の無かった、安物のライターをしまいながら。
「何年前だったかな……前回の牛頭羅掃討戦は、荒れに荒れたらしい。噂だけどよ」
牛頭羅掃討戦。その鬼人組織そのものをよく知らなかった明崇には、全く心あたりがない。
「まぁその……何でその戦局がそうも荒れたかっつーとな。それが牛鬼の“血分”が原因だっていう噂だ」
血分……?
「血分って……そんなん関係あるんですか」
血分とは牙鬼に対して角鬼の得意とする、未だ鬼人でない人間を覚醒、つまり鬼人遺伝子の抑制を解除し、自身と同様の角鬼とするという一種の習性、本能的行動である。
牙鬼の鬼人化は容易に遺伝するのに対し、角鬼の形質は何故か次世代の子に受け継がれる事が少ない。そんな角の鬼が仲間を増やす唯一の手段、それが、血分。
牙の鬼の鬼人化が縦に遺伝するのに対し、角の鬼の形質は水平、つまり横に伝播するのだ。
「ほら……血分つったってあれだろ。金剛骨で怪我をさせればいい、ただそれだけの話だろ」
そう。血分とはつまるところ、角鬼が普通の人間に向ける、傷害行為に過ぎない。角鬼の金剛骨で傷つけられると、その傷口から鬼人のmRNAが侵入し鬼人化遺伝子の発現強度が亢進する。実際明崇の研究でも角鬼のmRNAは体内に侵入した後、ウイルスの様にその体を侵すのに適した作りになっている事が分かっている。この過程により、新たな角の鬼が誕生するのだ。
そしてこの習性のためになのか。角の鬼というのは概して暴力的かつ好戦的であると言われているが。
「まさか……SIRGの人間が」
「ああ、そん時何人かやられてる」
「いや……でも素質がない限り、角鬼の血分が成功する確率、低いはずですけど」
そう、うまく適応できない限り、血分が成功することは少ないはず。
「あーまぁ、難しいことは分かんねえけどよ。短時間の間でなら血分して、強制的にコントロールすることもわけないくらいのヤツらしい……実際やられたヤツのほとんどが数時間後には死亡してる。そう牛鬼ってのはどうやら」
――傷害した相手を、無条件に従わせる事ができるらしい。
「厳戒態勢指定じゃなく、広域災害指定のランクが高いのは……ヤツのその、凶悪な能力のせいなんだよ」