懐古/桑折真夜
三位、明崇。
私のクラスメイト、小学生以来の友達、そして命の恩人。
彼の事を、思い返さずにはいられない。
変わってなかった。ちゃんと私の知る“明崇”だった。そのことを、必要以上にうれしく感じてしまう。背こそ伸びて、当然私が見上げる形になったけれど、それでもあの頃の面影をしっかりと残していた。そしてとても、大人びていた。
昔はいつもトゲトゲしていた気がする。決して暴力的な子ではなかった、むしろおとなしい子だったけれど、時折見せる激しい感情を隠すことをしなかった。でも今の彼は、その鋭い刃を内に秘める、大人びた態度を身に付けていた。
まぁ、だからかな。ついついちょっかいを出したくなってしまったのは。
亜子と一緒に腕に抱きついた時の表情。あれは傑作だった。並みの男子でもあそこまで取り乱すことは無いだろう。昔から女性が苦手な彼ではあったが、まだ治っていなかったとは驚きだ。大方、伽耶奈さん以外の女性と関わってないのだろう、今でも。
亜子との会話も見てて面白かった。自分の口を付けた鯛焼きを一口あげるくらいで、あんなに真っ赤になって。思い出しただけで笑いがこみあげてくる。まぁあれは、異性関係の感情に鈍い亜子にも、非はあると思うけれど。
――本当、明崇って女性に免疫無さすぎ。
もっと彼に踏み込みたい気持ちもあったが、今日は我慢した。こんな楽しい会話ができたこと、久しぶりに友達に戻れたこと。今日はそれだけで十分だ。
「ただいまぁ」
普段から共働きの両親は家にいない。いつもはポツリと寂しく響くただいまも今日は気にならない。
カバンを置いて、制服から私服へと着替える。今日も晩御飯は自分で作らなければいけない。両親はいつも食べて帰ってくるから。
これが私の、日常。
気にならないと言いつつテンションがほんの少し降下し始めたのを自覚した、その時だった。
明崇に送ってもらっていたはずの、亜子から着信があったのは。
「何が、あったの」
息を切らして辿りついた、登田家の二階の階段の正面。何回かお邪魔したことがある、亜子の部屋。
彼女は真夜の胸の中で、ぐしゃぐしゃに泣き崩れていた。顔にはいくつも、その涙の跡がある。ゴールデンウィーク前とは立場が逆転していた。
駆けつけた真夜を見るや否や、青い顔をした彼女は泣き始めてしまった。そしてそのまま、泣き止まない。電話をとった時も亜子は酷く混乱していて、出来れば家に来てあげて、とまともに応対してくれたのは彼女の母親だった。
嘘でしょ。まさか。
――何か事件に巻き込まれたとか。
しかしそれにしては、亜子のお母さんの対応はそこまで深刻なものではなかった。
――ショックを受けているみたいで……慰めてあげてね。
彼女の母はそう言って、真夜を躊躇いなく家に上げてくれた。亜子自身には何も起こらなかったというのは、間違いないだろう。
いや、それよりも。
亜子が少し落ち着いたのを見計らって、真夜は注意深く切り出した。
「明崇はどうしたの」
彼に送ってもらったはずだ。明崇はどこ。何をしてるの。
亜子の表情が固まる。何。明崇に何か……
「私の……せい」
「え」
彼女の目がまた、潤み始める。
「私のっ、せいでッ、アキ君はッ」
だから、明崇が、どうしたの。
「が、がッ、学校来なくなっちゃうよぉッ」
何よ、それ。言ってたじゃない。もう吹っ切れたとかなんとか。
「もう、会えないよぉッ。アキ君は、約束、守れないってッ」
どういうこと。会えない?本当、何言って……。